本棚 (旧)
國分秀星 Q.H.P.

『本棚』が長くなったので分割しました。


The Astrological History of Masha'allah

E. S. Kennedy and David Pingree

Harvard University Press
SBN: 674-05025-8

マシャアラーは多くの本を書いたが、そのうち"On Conjunction, Religions, and Peoples"は現存せず、後代の占星術師たちの本に部分的に引用されたものが散見するのみである。 この本はそれを集めて復元したもので、原題から想像できるようにグレートコンジャンクション、すなわちマンデンについて書かれている。

グレートコンジャンクションは宗教と政治に大きな影響を及ぼす天変として古代から重視されてきた。 しかし、約20年に一度起きる現象であり、そのすべてが国家の興亡や政変に結びつくわけではなく、どういう場合に重要なのかを見極める必要があるが、それは単純に木星・土星の会合図と関連する他のチャートを判断するだけでは不可能である。

また、なにかしらのイベントが予測される場合、それがいつ起きるのかを判定しなければ意味がないわけだが、あるグレートコンジャンクションから次のグレートコンジャンクションまでの20年間のうちの何年目であるか、またその具体的な内容を予測する方法についてマシャアラーは述べている。 この本ではそうした興味深いテクニックが解説されており、パルティアとササン朝ペルシアを通して継承されたギリシアのホロスコープ占星術のうち、とりわけマンデンの分野がアラブ人(マシャアラーは人種的にはユダヤ人だが)によって高度に発達したことがわかる。

この他にギリシアにはなかったテクニックが随所に見られるが、マシャアラーはペルシア占星術に精通していたと言われているから、おそらくペルシア占星術から学んだものと考えられる。 宗教の違いによって、ササン朝の文献はアラブ人によってことごとくうち捨てられてしまったから、マシャアラーを通してペルシア占星術がどういうものであったかをうかがい知ることができるだろう。

マシャアラー自身が計算した16枚のチャート、イブン・ヒビンタによって後から追加された1枚のチャートによって、ノアの箱船に関係する大洪水、キリストの誕生、ササン朝の滅亡とアラブの興隆などがグレートコンジャンクションによって引き起こされたことが説明されており、時の流れの雄大さに圧倒されるばかりである。

☆☆☆


Liber Astronomiae

Guido Bonatus

Golden Hind Press
ISBN: -----

『占星術の歴史(概論)』 で述べたように、西洋占星術の直接の起源はアラビアにある。 8世紀から12世紀にかけてのイスラム世界では、ヘレニズム期以上にさまざまな文化が融合した。 ビザンツ帝国から迫害を逃れてきたネストリウス派キリスト教徒たちがもたらしたギリシア語の文献をアラビア語に翻訳したり、インドからも積極的に多くのものを吸収して、アラビアの占星術は高度に発展したのである。

西ローマ帝国の滅亡により文明の灯火が消えたヨーロッパに、ギリシア占星術を継承したアラビアの占星術をもたらしたという点において、Liber Astronimiae は記念碑的存在であり、占星術のルネッサンスはこの本が書かれた13世紀に始まったと言える。

オリビア・バークレイが『伝統的占星術の必要性』のなかで、この本はまだあまり占星術を知らない読者に向けられていると話しているように、占星術も天文学も知らない者が理解できるよう微にいり細をうがつ説明がなされている。

しかも単に詳しいだけではなく、なぜサインは12個あって、それ以上でもそれ以下でもないのか、どうして太陽はおひつじでイグゾルトするのか、などといった根本的な原理について解説されているので"Christian Astrology"をからはじめて、さらに掘り下げる足がかりとしてこの本は最適だろう。


The Houses: Temples of the Sky

Deborah Houlding

Ascella
ISBN: 1-898503-69-9

この本が出る2年ほど前、著者のデボラはメーリングリストでロバート・ハンドとハウスシステムについて激論を展開し、それが発端となってリストが消滅した。 にもかかわらず、ロバート・ハンドがこの本の前書きを書いているのは、その様子をリアルタイムで見ていた私にとっては感慨深いものがある。

デボラは西洋占星術の歴史に精通しており、各ハウスシステムが成立した背景と過程を述べた上で考察を加えている。 私が書いた『ハウスシステム考』と同じような内容なので、最初のうちは目新しいものがなく字面を追っているだけだったのだが、次第に引き込まれ、気づいたときには読み終わっていた。

ホロスコープ占星術の特徴であるハウスは、バビロニアの時代からあった卜占(動物の肝臓を取り出して占う)で使われていた理論をギリシア人が占星術に応用したもので、元々はこの地球上の人物・事象を指し示すことが目的である。

しかし、今世紀の「人間中心」あるいは心理学的な観点から占星術を理解しようとする試みによって、ハウスは人生における経験の過程を表すと考えられるようになってしまった。 そうした「人間中心」のハウス解釈は単なる思いつきであり、大きな矛盾を含んでいることを明快な論理でデボラは論破する。

オリビア・バークレイの著書の前書きにおいて、ロバート・ハンドは、「さまざまなライターたちのさまざまな意見が占星術という水を濁らせ、誰もはっきりと見ることができないまでになってしまった」と嘆いているから、この本に共感するところがあったのだろう。

誰もが自由に占星術を再構築しても良いのなら、占星術は単なる暇つぶしの道具に成り下がってしまう。 この本はそうした現代の占星術のあいまいさと、ライターたちの無責任さに対する警鐘なのである。


Tools and Techniques of Medieval Astrologers

Robert Zoller

Ascella
ISBN: 1-898503-92-3

ロバート・ゾラーは、ポップな占星術の本を書くゾラー(Zolar)と混同されがちだが、もし別人だと知らずにこの本を読んだらあまりにもレベルが違うので驚くだろう。 中世の占星術にかけては右に出る者がいない人が書いたものと、星占いに毛の生えたようなものではまるで次元が異なるからだ。

この本がおもしろいのは、時代を追って技法の変遷を調べ上げ、それらが有効であるかどうかをゾラー自身が試していることである。 たとえば、17世紀には占星術はすでに変わりつつあったことをゾラーが指摘している中で、例としてモリン(モリナス)をあげているが、モリンとゾラーの違いは、モリンの占星術はどちらかというと頭の中の理論から導き出されたものであったのに対し、ゾラーは常に実践によって理論の正しさを確かめることにある。

占星術が実践的な技術である以上、ゾラーの態度はごく当たり前のことなのだが、モリンが単に理屈を述べているのと比べると説得力がまるで違う。 (そもそもモリンは自分が考案したハウスシステムを使わなかったくらいだから、その理論はあまり信用できるものではない。)

占星術というのは形而上学的な体系である。 したがって、感覚的に理解することは無理だし、個人の経験から理論を導き出すことも難しい。 技法や理論の理由付けを試みるのはもっとも無意味なことだろう。 ただひたすら実践経験を通して、その有効性を知るのみである。

このように言葉で言うのは簡単だが、それを実行するには苦痛が伴うし、中途半端な経験しか持たない者は間違った結論を出してしまうこともある。 その点において、ゾラーの本はたいへん優れており、ポップな占星術ライターにはまねのできない内容だ。

とにかく、これだけおもしろい本はオリビア・バークレイの"Horary Astrology Rediscovered"以来だ。 ぜひ多くの人に読んで欲しいと思う。

☆☆☆


Culpeper's Medicine

Graeme Tobyn

Element
ISBN: 1-85230-943-1

QHDCの卒業生グレアム・トビンの書いた本。 ハーバリズムの本なので、占星術についてふれている部分はあまり多くないのだが、ここを訪れる人の中にはハーブに興味を持っている人が多いようなので紹介しておく。

ハーバリズムについて書かれているとはいえ、個人的にはQHDCの卒業生が書いたものの中ではこれが一番いい本だと思う。 というのは、グレアムは医療行為としてハーブを調合する資格をもち、なおかつ占星術にも精通しているため、カルペパーの言葉の背景にある理論を実にわかりやすく説明しているからだ。 ハーブにさして関心がない私でも興味深く、最後まで一気に読んでしまった。

占星術とハーブの関係は、ヘレニズム文化の中でギリシア天文学とエジプト医学の融合によって対応づけられ発展したもので、当時は立派な科学だった。 しかし、なぜこんにちのイギリスにおいても、その流れをくむハーバリズムが保険治療の対象となり、実践されているのだろうか。

答えは簡単だ。それが有効だと認められているからに他ならない。 そしてそれは同時に、当時の占星術が現代においても有効であることの証明だとも言える。 真理は不変なのである。 イギリスでは1988年まで魔女法というものがあり、占星術によって未来予知を行うことが禁止されていた。 今でも地方によっては占星術が非合法とされているところもあるのだが、占星術は単なるエンターテイメントとして位置づけられ、無害なもの、つまり役に立たないものと思われている。

こうしたギャップが生じる背景には、怠惰で金銭と名声にしか関心のない占星術師の活躍がある。 何と情けないギャップだろう。 グレアムがこの本を書いた動機のひとつに、古い占星術の復権があるのではないかと私は考えている。

ハーバリズムにしても何にしても、占星術と関連があることをやっている以上はきちんと占星術を勉強するべきだろう。 さもなければ占星術のことを語る資格はない。 グレアムの真摯な姿勢に敬意を表する次第である。

☆☆


On Reception

Masha'allah

A.R.H.A.T.
ISBN: 0-9662266-2-3

8世紀の占星術師マシャアラーによって書かれた本である。 『リセプションについて』という題名がつけられているが、実際にはホラリーのことが書かれている。 アラビア語原文はすでに失われ、16世紀のラテン語版からロバート・ハンドによって英訳された。

本文は66ページなのでたいしたボリュームではないのだが、これを読み通すにはかなり時間がかかる。 同僚のルース・ベイカーに言わせると「一字一句がエキサイティング」というくらい濃厚な内容であるため、 一文ずつ慎重に読み進んで確実に理解しないと、すぐに内容が把握できなくなるからだ。 また、原文があまりにも古いので、ロバート・ハンドが比較的平易な文章を書く人であるにもかかわらず、 どうしても英訳の構文が複雑になってしまうことも原因となっている。

17世紀以前の占星術の本は実例としてのチャートが載っていないのが普通なのだが、 この本は6枚のチャートを取り上げて解説しているところが珍しい。 8世紀の占星術師がどのようにチャートを読んでいたのか、それを勉強するだけでも貴重だろうと思って買った。

ところが実際に読み進んでいくと、予想に反して非常に高度な理論が展開されているのに驚く。 17世紀イギリスの占星術を学んだことがなければ、この本の内容はおそらく理解できないだろう。 「リリーの本を研究するのは、それよりもさらに古い占星術を理解するための足がかりとなるからだ」 というオリビア・バークレイの言葉が思い出された。

マシャアラーはホラリーチャートを解説する上で、すべてのアスペクトに対してリセプションの有無を述べている。 それがこの本の題名の由来であり、いかにリセプションが重要であるかということが強調されているわけだ。 グイド・ボナタスもリセプションの重要性を力説しているが、その出所はおそらくこの本だろう。 また、ボナタスより後世のリリーも参考文献の中にこの本をあげている。

そう考えてみると、830ページにも及ぶ"Christian Astrology"が実は初心者向けの入門書にしかすぎないことがわかる。 ただし入門書とは言え、20世紀に書かれた占星術の本をいくら集めたとしても、"Christian Astrology"1冊の内容には及ばない。 著者の背景にある知識量に圧倒的な差があるからだ。 そして、その背景のひとつとなっているのがこの"On Reception"なのである。


Classical Scientific Astrology

George C. Noonan

A.F.A.
ISBN: 0-86690-047-7

著者ジョージ・ヌーナンはプトレマイオスに関する研究のエキスパートとされているが、 本書においてはアル・ビルニやイブン・エズラといった中世の占星術師の著作からも引用し、 彼らの占星術がプトレマイオスを通してアリストテレスから強い影響を受けていることを示唆している。 ヘレニズム文化のなかで成立した西洋占星術とは、メソポタミアから中国にまで行き渡っていた観測による未来予知技術が アリストテレスに代表されるギリシア思想によって理論的な裏付けを得て科学として扱われるようになったものである。 この本のタイトルは、そうしたことを踏まえてつけられている。

著者はギリシア思想にも精通しており、プトレマイオスが『テトラビブロス』で述べている事柄の理論的な背景まで解説しているため、この本はプトレマイオスやマニリウスを理解するのに非常に役立つ。 たとえば、マニリウスが述べる天体-サイン-ハウスそれぞれが相互に影響を及ぼしあうという事柄について、 マニリウス自身はその理由を明らかにしていないのだが(『アストロノミカ』は叙事詩の形態をとっているため、いちいち理路整然と説明するには無理がある)、 ヌーナンはその根底にあるアリストテレスの宇宙観によって説明しているので、たいへんわかりやすい。 『テトラビブロス』や『アストロノミカ』と併読するべきだろう。

20世紀前半のモダンな占星術では、プトレマイオスによってまとめ上げられた占星術に含まれていた多くの技法が切り捨てられてしまった。 そのため、マレフィックは悪い影響ばかり強調されるようになったが、ヌーナンは、 それが天体の性質のうちの一面をとらえているにしか過ぎず、 簡略化されたモダンな占星術においては天体のアイデンティティが失われていることを指摘している。

またアスペクトについても同様に、「古いテキストに書かれた事柄が当てはまらないことがときどきある」 というチャールズ・カーターの言葉を引用し、その原因は占星術が簡略化されたことにあるとヌーナンは述べる。 ある条件下においては、アスペクトの効果が非常に弱められることがあり、 土星が決して悪い影響ばかり及ぼすのではないことを古代の占星術師たちは知っていたのである。 だが、その「条件」をチャートから見いだすための技法は現在の西洋占星術から切り捨てられてしまっている。

最近インドの占星術が欧米で流行りつつある。なぜか?  それは一言で言うなら、インドの占星術師たちが昔からの伝統を守っているからに他ならない。 モダンな西洋占星術は、一般大衆に迎合されることの代償として多くの技法と理論が省略され、 真剣に取り組もうとすればするほど肩すかしをくうことになる。 簡略化されずに何世紀もの時を経て受け継がれてきたインド占星術ではそういうことがない。

しかし、17世紀以前の本を読むならば、西洋占星術でも同じ事ができるのがわかるはずだ。 ヌーナンの主張はそこにある。 西洋占星術を学ぶすべての人に読んでもらいたい本である。

☆☆


Annus Tenebrosus

William Lilly

H. Blunden
ISBN: -----

これは食が及ぼす影響について書かれたもので、初版は1652年である。 マンデンはあまり好きではないのだが、リリーが書いたものなので買ってしまった。 "Christian Astrology"ではリリーがカルダンやボナタス以上にプトレマイオスから影響を受けていることが感じられるが、 この本を読むと、日食・月食の解釈においてはそれが顕著であることがわかる。 逆に言うと、これは長い時間を経てもプトレマイオスの理論が有効であることを証明しているし、また、 "Tetrabiblos"でプトレマイオスが述べる方法をリリーは実例と共に説明しているので、 私自身が"Tetrabiblos"を読んで理解した事柄が間違っていなかったことが確認できた。

マンデンの場合、いくつもの要素が複雑に絡み合って、その結果としてイベントが発生する。 したがって、既に起きた事件に関して調べる場合ですら、何十枚かのチャートを同時に考える必要がある。 もし事件が起きる前に予測するとしたら、それがいつ頃どこで起きるのかがあらかじめわからないと、想像を絶する作業となってしまうのだが、かといってその作業を省略すると漠然とした事柄しか読みとることができない。 この点についてリリーはプトレマイオスに従って、事件が起こる場所(国・都市)、内容、時期を推定しているので、 "Tetrabiblos"に書かれていることをそのまま使っても良いとわかったことで、今後はマンデンの作業が楽になりそうだ。 (私がマンデンを好きではないのは、作業が面倒だからである。)

カーター・メモリアル・レクチャーでオリビア・バークレイが述べている 『リリーはある著者が提唱しているやり方に対して別の著者が異なる意見をもっていること、 そしてリリー自身が見つけたさらに有効な方法を説明することができた』 というのはこの本を読んでもわかる。 たとえば、食が第1ハウスで起きた場合の影響力の強弱について、 リリーはプトレマイオスの見解を紹介しつつも、同時にカルダンの言葉を引用して異論を述べている。 ただし、これはプトレマイオスが間違っているというわけではなく、原則的なことだけを記述し、 例外を含めた説明をプトレマイオスがしていないので、リリーがそれを補っているに過ぎない。

占星術は実践的な技術であり、その理論の正しさは常に実例によって確認されるべきものである。 しかし、それを評価・実践するためにはかなりの経験が求められ、一朝一夕にできるような簡単なものではない。 だからリリーのように経験豊富な占星術師が書いたものはたいへん貴重なのである。 この本は「若い生徒のために書いた」とリリーも述べているように、たいへん要領よくまとめられているので、 17世紀の英語さえ理解できれば(平均的な日本人ならできるはずである)これほどわかりやすい本はないだろう。

クォリファイング・ホラリー・ディプロマ・コースにはマンデンのレッスンも含まれているが、 この本もコースのテキストとして採用するように校長に進言するつもりである。

☆☆


The Abbreviation of the Introduction to Astrology

Abu Masar

E.J. Brill
ISBN: 90-04-09997-2

タイトルを現代の日本語にするなら『簡略・占星術入門』といったところだろうか。 B5サイズのハードカバーで、全部で170ページのボリュームだが、アラビア語版とラテン語版の両方の英訳と原文があり、 どちらかひとつの訳文だけなら半日もかからずに読める。

翻訳者の一人にヒンドゥ占星術のほうで有名な某大学教授(助教授?)がいるが、 やはり占星術の専門家ではないので適切に訳されていない部分がある。 翻訳としては間違いないのだが、占星術の専門用語がきちんと訳されていないのだ。 たとえば、アラビア語からの訳では"the descendant"となっているのだが、ラテン語からの訳では"the West"で一瞬とまどう。 ラテン語原文を見ると、"occidentalis"となっているから、プトレマイオスに忠実な表記だ。 おそらく学術的な目的で翻訳したものであって、意訳はしていないということなのだろう。

しかし、プトレマイオスあたりの翻訳物と比較すると、脚注が極端に少なく、 古典占星術の予備知識がないとまったく理解できないのではないだろうか。 たとえば"Likewise, all whose degrees are equal are friendly towards each other; Aries and Pisces, Taurus and Aquarius, Capricorn and Gemini, and the others like these." はイクィポレントの説明なのだが、知らなければこの一文だけでは何のことだかさっぱりわからない。 占星術の非常に重要な基礎が書かれているのだが、タイトルにもあるように簡略なので、うっかりすると見逃してしまう部分も多い。

こうした制約(?)があるにもかかわらず読むのは、原著者のアブ・マシャーが中世アラビアという、 元々あったメソポタミアの占星術に加えてインドとギリシアの要素が集積された時代に生きていたからだ。 占星術の原型というか、正しい形のものは今でも中東に残っていると言われるのもそのためである。 天体の性質の説明などは明らかにアリストテレス的な解釈であり、テトラビブロスの影響を受けているのは間違いない。 その一方で、月やノードに関してはヒンドゥ色が強い。 また、アラビックパートの計算を昼と夜で変えるやり方はギリシアにはなく、アラビア固有のものだ。

この本の最大の見所は、天体が形成するアスペクトの分類とその意味だろう。 25にも分類し、なおかつそのうちのいくつかは3種類ほどのバージョンに分けられ、その意味を説明しているのには、 よくこれだけ考えつくものだと感心してしまう。 これはもちろんホラリーについて書かれているのだが、以後何世紀にもわたって占星術師たち (ボナタス、パートリッジ、リリーなど)がこの本を研究し続けたのも無理のない話だと思う。

イギリスの書店から買ったところ30ポンドもしたのだが、出版社がオランダなので、 そちらに直接注文するほうが安いかもしれない。

E.J. Brill
P.O. Box 9000
2300 PA Leiden
Netherland

☆☆☆

[追記:1998.1.9]
昨年末にARHATからもこの本が出された。 しかもたったの$9.50である。


Anima Astrologiae

Guido Bonatus
Jerom Cardan

Regulus Publishing Co. Ltd.
ISBN: 0-948472-03-0

1675年に出版されたこの本は、ウィリアム・リリーの弟子であるヘンリー・コウリーによってラテン語から英訳されたものだ。 冒頭にはリリーによる前書きがあり、『この本は、大ぼらを吹くためにではなく、真理を究めるために占星術を実践する人のためのものである』と述べている。

この真理とは、この本の後半でカルダンが言う、"Heaven is the instrument of the most High God, whereby he acts upon, and governs inferior things."を指しているものと思われる。 昨今は自分の思想を語るために占星術をやる者が多く、個人的にはそうした人にこそ読んで欲しいと思うのだが、リリーから見れば、そうした人たちは対象外らしい。 おそらく、読んでも理解できないということだろう。

この本にはボナタス、カルダンというリリー以前の占星術師による実践的な格言が集められており、然、リリーたちも研究し、参考にしているものばかりだ。 たとえば、イレクションをやるとき、ある目的で月が惑星とアスペクトを作るようにすることがあるのだが、諸々の事情によってそれが不可能な場合がある。 カルダンはそのようなとき、「月をその惑星と同じ性質をもった恒星とコンジャクトさせる」と言っているのだが、これを読んで思わずうなってしまった。

この本の難点は、翻訳ものであるうえに17世紀のモダンイングリッシュで書かれているので、読みづらいことだろう。 たとえば、ボナタスがリフラネーションについて説明している一節にある次の文章だ。

"if that planet confers anything on him in that Sign wherein he is so joined to him; that is, if any reception happen, unless the said planet, or he to whom he applies, be first joined to anther; for then the business comes to nothing, and will not be perfected, though he be joined again to the first after he is separated from him to whom he would have joined when he changed from the said Sign; since the other interposed before the first Conjunction is accomplished."

実は私自身はこの一文がとくに難しいとは思わないのだが、先日、メーリングリストでアメリカ人がこの文章の解釈を求めていたところを見ると、簡単ではないらしい。

日本人が占星術を勉強する場合、英検二級以上の読解力が必要だと思う。 英検二級とは高校卒業程度の英語力なのだから、平均的な日本人なら誰でも西洋占星術を学べるはずなのだが、 実際には洋書を読もうとする人間は少ない。 それ以外に道がないにもかかわらずだ。 そうした人たちには、ぜひ次のカルダンの言葉をかみしめて考えて欲しいと願う次第である。

『占星術を学ぶには人生は短すぎる。経験は簡単に得られないし、また、チャートを解読するのは難しい。 ゆえに、占星術を学ぼうとする者は、自らチャートを読む訓練をするだけではなく、 合理的に占星術を扱う著者が書いた本を学ばなくてはならない。』

[2004.3.23]
誤訳が多いことがわかったので評価を下げました。

[2004.7.23]
誤訳の例をアーティクルにしました。
『間違った情報(2)』


Prasna Marga

B.V. Raman

Motilal Banarsidass Publishers Private Limited
Part 1 - ISBN: 81-208-0918-1
Part 2 - ISBN: 81-208-1035-X

ヒンドゥ占星術のメーリングリストで親しくなったインドの占星術師と意見を交換しているうちに、西洋の古典占星術とヒンドゥの技法にいくつもの共通点があることに気づき、双方で驚きあっていたところ、「ホラリーをやるなら、ぜひ読むといい」と勧められて、つい先日買ったもの。 プラスナというのはホラリーを意味するサンスクリット語である。

2冊セットになっていて、全部で1300ページほどのボリューム。 アメリカから買ったので高くついたのだが、後からよく考えてみると、これを紹介してくれた人にインドの書店を教えてもらえば、もっと安く買えたと思う。 (ムンバイの本屋を教えてもらったので、注文する人は私に問い合わせてください。)

訳者はかの有名なB.V.Raman。 サンスクリット語の下に英訳があり、それをさらにRamanが解説するという形式なので、ページ数の割には読むのに時間はかからない。(2冊目はサンスクリット原文が巻末にまとめられている) また、ずいぶん昔に買ったインドの本が所々紙に穴が開いていたり、インクが乗っていなかったりしたのと比べると、良い出来で誤植も少ない。

中世までの西洋の占星術師もそうなのだが、この本は神に対する賛美で始まる。 これは占星術の伝統であり、神の前においては無力な者であるという謙虚さのあらわれなのだが、ヒンドゥの場合、占星術師として守るべきことが細々と書かれており、現代文明に毒された日本人には耳が痛いことばかりだ。

エジプトや古代中国の占星術にも共通することだが、古代の占星術の基本となるのは、天空の現象を観察し、それを解釈することにある。 つまりチャートではなく、現象を解釈することだったのであり、当然、古い伝統を守り続けているヒンドゥにもそれは残っているのだが、アラビアの影響を強く受けているためか、観測ではなく、計算から求めようとしている点で異なる。

しかし、この観測という面からヒンドゥ占星術を見た場合、おもしろいのは、惑星がコンバストされる度数をヘリアカル・ライジング/セッティングに求めているため、たとえばプトレマイオスが全ての惑星に対して一律に与えているのとは違って、惑星ごとに異なることだ。 惑星によって視等級が異なるのだから、これは非常に合理的に思える。

ヒンドゥの場合、観察する対象は依頼者にもおよび、質問者の所作によって質問の内容を推理する方法が書かれており、まるで梅花心易の本を読んでいるかのような錯覚に陥る。

ホラリーの具体的な技法については、ウィリアム・リリーを研究した者にとっては物足りなさを感じるが、前述のような共通点を見いだすのは非常に興味深いことであり、西洋占星術とは大きく異なる体系だと思われているヒンドゥ占星術が底辺でつながっていることを再確認するという意味で勉強になった。