間違った情報(2)

國分秀星 Q.H.P.

『間違った情報』 で、「占星術を勉強するなら英語の本を読むべきである」と書いてから5年たった。 その後、17世紀以前の本については英語で書かれたものと英訳されたものは全て読んでしまったので、ここ4年ほどはまだ英訳されていない本を読んでいたところ、正確な情報を得るには現時点では英語だけでは不十分だとわかった。

たとえばヘンリー・コウリーである。 “Anima Astrologiae”にはジェローム・カルダンの“Aphorismorum astronomicorum segmenta septem (Seven Segments)”からの抜粋がある。 原典は7つのセクションに分かれているが、内容やテーマごとに分類されているわけではなく、マンデンの話が続いたかと思えばいきなりネイタルの話題になるなど、かなり雑然としている上に、ひとつの話題をいくつかの段落に分け、それぞれに番号がついているだけの箇所もあり、よく注意していないと話が見えなくなることがあるから、“Anima Astrologiae”でネイタル、リターン、イレクションなどに整理分類されたのは必然と言えるだろう。 しかしながらその翻訳は問題が多い。 以下に例をあげるので、“Anima Astrologiae”と対比しながら読んでいただきたい。

Nativities #5(Regulus版p. 77)は“Seven Segments” §2の#20と#21を繋げたものである。 これの21に相当する部分が怪しい。英訳してみる。

Those who are born when all the wandering stars are in Virgo, Scorpio and Capricorn, will inevitably encounter with many illnesses.

#20と#21では3つのサインが共通して述べられているので、拡大解釈してひとつにまとめてしまったのだろう。 しかし、17世紀イギリスで“bad nativities”が「病弱」を意味していたのなら話は別だが、知り合いのネイティブに訊いた限りではそういうことはないそうだし、結果として#21の内容がカルダンが書いたこととはだいぶ異なったものになってしまっている。 また、細かいことだが、赤字で示したように“and”が“or”と誤訳されている。 これはまだ微妙と言えなくもないが、Nativities #10(p. 78)は明らかにおかしい。

Aries makes beautiful and elegant people; Scorpio, mendacious.

カルダンはアセンダントのサインのことなど言っていない。 カルダンの文章は簡潔過ぎるところがあり、言葉を補って訳さないと分かりづらい部分もあるのは確かだが、このように文意が変わるほど余計なものを付け足すのは論外だろう。 なお、これの前後はまったくつながりのないアフォリズムなので、文脈から意訳したということはあり得ない。

Elections #3(p.98)の間違いは、どうしてこういうことになるのか理解できない誤訳である。

Beware of manufacturing garments while the Moon is in Scorpio, still more if it is crescent and observed by Mars, because (such garments) will be torn soon.

“crescent”には2つの意味がある。 ひとつは月が太陽とのコンジャンクションを過ぎて、ようやく細く見え始めたとき、もうひとつは新月から満月に向かう期間のことであり、この文脈では新月、つまりコンバストのときと解釈するのが妥当だろう。 いずれにしろ“full of light”というのは誤りである。 さらに、占星術的には正しいのだが、「着るな」とはカルダンは言っていない。

追記(8/14/2004)
上の英訳はイタリア語訳を元にした。 私にとってラテン語よりはイタリア語のほうがはるかに簡単なため、不明な箇所を確認する必要がない限りはラテン語原文を見ていなかったのだが、後から見てみるとイタリア語訳の間違いであることがわかった。

ラテン語原文
Caue etiam, ne vestes conficias, dum Luna est in Scorpione, magis si luminibus plena, & eam aspiciat Mars, celeriter enim lacerabuntur.

イタリア語訳
Guardati dal confezionare vesti mentre la Luna è nello Scorpione, ancor più se è crescente e osservata da Marte, perché (tali indumenti) presto si lacereranno.

plena は女性単数主格なので「月」の状態であり、luminibus は中性複数奪格だから、その状態が及ぶ範囲を示している。 イタリア語にするなら crescente ではなく piena alle luci だろう。 ラテン語原文を英訳すると以下のようになる。

Also beware not to make garments while the Moon is in Scorpio, more if (it is) full in lights and Mars observes it, for (such garments) will be mangled soon.

単純なミスもある。Husbandry #5(p.103)

Seed, plant or, if you have to prune vines, you cultivate and undermine the ground, when the Moon is in Taurus, Virgo or Capricorn, in favorable aspect with Saturn. Seed every kind of forages when the Moon is in Cancer; cultivate gardens, sowed (lands) and rows of trees when it is in Libra or Aquarius.

赤字で示したので説明の必要もないが、不注意によるものだとしても、ひとつの文章で2回というのは頻度が高すぎるし、「ブドウの木を剪定するとき」という条件の一部が後半の文章に入れられている。

Weather #3(p.102)では専門用語を取り違えている。

The lord of the new moon has great infuence on the quality of the air, and also one which observes them, above all if it is in the angles.

“cardine”はカーディナルポイント、すなわちアングルのことであって、カーディナルサインのことではない。 蝕と彗星の#5(p. 100)にカーディナルサインとあるのもこれと同じ誤訳。 ギリシア〜中世の占星術師はカーディナルサインを“mobile”と呼んでいたので、moveable signと訳してあるところは間違いないと思うが、cardinal signとあるところは全部疑う必要があるだろう。

実はまだ“Seven Segments”のうちの最初の2セクションしか読んでいないのに、既にこれだけの間違いが見つかっている。 この他にもきわどいものが4カ所あり、合計10カ所となる。 “Seven Segments”の全アフォリズムは1119、“Anima Astrologiae”にはそこから245が選ばれているので(前掲のNativities #5のように複数のものをひとつにしている場合もあるから、実際にはそれ以上)、§7を読み終わったときにはいくつの間違いが見つかるだろうか。 ジャンクタイナスがヘルメス、サール、アルマンソールのアフォリズムを正確に引用しているのと比べるとずいぶん見劣りがする。

ただ、“Anima Astrologiae”のように検証するためのテキストが手に入るならまだ救いはある。 困るのはドロセウスのように後世の占星術師たちから頻繁に引用されているのにオリジナルが現存しない場合だ。 つい先日も“Albumasar in Sadan”の中にドロセウスからの引用があり、意味が取りづらかったので、ピングリーの英訳を調べたのだが見つからなかった。 その英訳の元となったアラビア語訳(これはさらにペルシア語からの翻訳)はオリジナルを要約したもので、かなりの部分が省略されているから仕方ない。 結局、知り合いに頼んで“Albumasar in Sadan”のギリシア語版(ビザンツ帝国時代の写本)やドロセウスのギリシア語版(ピングリーの本にあるものとは別)を調べてもらっているのだが、ヨーロッパは今バカンスの季節なので9月以降にならないとわからない。 (それにしても、そういう古い本を蔵書に持つ図書館が近所にあるというのはうらやましい限りだ。)

本来、知識とは時間をかけなければ得られないものである。 ところがインターネットの普及により、初心者でも簡単に知識や情報が得られるようになった。 簡単に得られるものだから、吟味されることなく再生産され、間違った情報が垂れ流しになる。 しかし、そんなことは誰にでもできるし、それでチャートを解釈できるようになるなら誰も苦労はしない。 本当に貴重で有益なものは得難く、自ら輝こうとはしないものである。

2004年7月
[ Home  |  Articles ]
© 2004 FOL Office. All rights reserved.