全日空58便

國分秀星 Q.H.P.


全日空機雫石衝突事故についての考察です。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

1971年7月30日、千歳発羽田行き全日空58便は岩手県雫石上空で航空自衛隊第一航空団松島派遣隊所属F−86Fと衝突し、乗員乗客162名全員が死亡した。

全日空58便出発(千歳飛行場)
全日空58便出発(千歳飛行場)

58便出発時のチャートはアセンダントルーラー火星が逆行、水星が土星とスクエア、アセンダント上にウヌカルハイがあるものの、墜落するほど危険とは思えない。 また、自衛隊機が松島基地を離陸したのは58便出発の5分前で、各ハウスカスプが1〜2度違うだけで、天体の位置はほぼ同じである。

しかし、58便のフライトは多くの蝕に損なわれていた。

内側から58便出発、日蝕(1966/11/12)、日蝕(1967/5/9)
内側から58便出発、日蝕(1966/11/12)、日蝕(1967/5/9)

1966年11月の日蝕は5年4ヶ月、1967年5月の日蝕は4年2ヶ月の効力を持ち、どちらも58便出発時および自衛隊機離陸時のアセンダントルーラー火星に対してスクエアであった。 1966年11月の日蝕は『全日空60便・533便(4)』で触れたようにエルシェマリの上で起こり、1966年に全日空機が松山空港沖に墜落した事故にも影響した。

内側から58便出発、月蝕(1971/2/10)、日蝕(1971/2/25)、日蝕(1971/7/22)
内側から58便出発、月蝕(1971/2/10)、日蝕(1971/2/25)、日蝕(1971/7/22)

事故が起きた年の2月の月蝕は58便出発時のアセンダントにスクエア、アセンダントルーラー火星にオポジション、同年2月の日蝕は58便出発時のMCにオポジション、7月の日蝕はルナマップの土星が58便出発時の水星にスクエアであった。 2月の月蝕では月が破壊的な影響を持つラス・エラセド・アウストラリス(しし20度18分)とコンジャンクトしている。

この2月の日蝕(うお6度9分)は自衛隊機離陸時のMC(おとめ3度28分)より58便出発時のMC(おとめ5度16分)に近いので、事故の過失責任は全日空機のほうが大きかったと思われる。

内側から全日空業務開始、日蝕(1970/9/1)、月蝕(1971/2/10)、日蝕(1971/7/22)
内側から全日空業務開始、日蝕(1970/9/1)、月蝕(1971/2/10)、日蝕(1971/7/22)

全日空業務開始時のチャートに関しては、1970年9月の日蝕の土星が業務開始時の月にコンジャンクトだった。 業務開始時の月はおうし20度48分にあり、ザウラク(業務開始当時おうし23度12分)とは少し離れていたのだが、9月の日蝕の土星(おうし22度37分)によってザウラクと結びつけられてしまった。 さらに業務開始時の月に対して、事故が起きた年の2月の月蝕、7月の日蝕の火星がそれぞれスクエアであった。 煩雑になるのでチャートは省略するが、松山沖墜落事故にも影響した1966年の日蝕はまだ有効であり、業務開始時の月に対してスクエアである。

全日空はこの他にも小牧空港(1960年)と那覇空港(1985年)で自衛隊機と接触事故を起こしており、インセプショナルチャートに何らかの関連があるはずだが、これまでのところデータが見つかっていないので省略する。


この事故以降、全日空は死者を出すような大事故は起こしていない。 航空機自体が安全になり、運用・整備の方法が改善されたためである。 レシプロ機の時代には、業務開始時の天体に対して日蝕ふたつのアフリクトで墜落事故を起こしていたものが、現在では五つの日蝕から同時に影響を受けても、せいぜい重大インシデントを起こすくらいで、墜落にまではいたらなくなった。

全日空の場合、もっとも多くの日蝕から影響を受けたのは羽田沖松山沖などで相次いで事故を起こした1966年で、最大で六つの日蝕とひとつの月蝕からアフリクトされていた。 それ以降、雫石の事故を除いては、五つの日蝕とひとつの月蝕が重なった1985年に那覇空港で自衛隊機と接触して小破した程度である。

一方、日本航空は123便の事故(日蝕四つと土星の留)があった1985年以降、同数の日蝕からアフリクトされても、機体が大破するような事故は起こしていない。

事前の備えによって天体の影響を低減できるのは事実である。 しかし、占星術は単純に数量化できるものではないし、航空機の歴史もまだ浅く、どれだけ天体の影響を受けると事故が起きるのか、明確になっているとは言えない。

日航は2012年5月以降、同時に六つの日蝕、とくに2014年4月から10月にかけて七つの日蝕が同時に有効となる。 これは日航創業以来未曾有のことである。

全日空は2017年に六つの日蝕とひとつの月蝕が重なり、数の上では1966年と同じになる。

過去の事故を教訓として安全対策が強化されることを願うばかりである。

2009年5月

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