全日空60便・533便(3)

國分秀星 Q.H.P.


『全日空60便・533便』『全日空60便・533便(2)』の続きです。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

1966年9月18日、全日空F27フレンドシップが鹿児島空港(旧鴨池空港)への着陸時にオーバーラン、滑走路の先にある堤防を乗り越えて鹿児島湾へ落ちたが、回送便のため乗客はなく、乗員1名が軽傷を負っただけで、機体は後に修理されて再び就航した。

事故機は前日に発生した台風から避難するために福岡空港で待機していたもので、路線就航のために当日の朝、鹿児島へ向けて離陸した。 大事故ではなかったせいか事故調査報告書を見ることができず出発時刻は不明。 (当時はまだ常設の航空事故調査委員会は存在せず、この事故については調査団も組織されなかったようだ。) やむを得ず新聞記事にあった離陸の時刻を使った。
F27離陸
F27離陸

水星がコンバストで土星とオポジション、月が火星とスクエアだが、大きな事故を引き起こしそうな恒星とは関わりがなく、さらに水星・土星のオポジションは木星によって調停されている。 したがって事故を示唆してはいるものの、表示としてはあまり強力なものではない。

事故直前のルネーションは9月15日の新月。 その3日後の事故当日は台風の雨雲により視界不良であった。
直前の新月(1966/9/15)
直前の新月(1966/9/15)

新月と水星がコンジャンクション、それに対して土星(うお、逆行)がオポジションで台風が表示されている。 しかし、このルナマップ中のいずれも全日空業務開始時およびF27離陸時のチャートと関連を持っていない。 ゆえにこのルナマップだけで全日空機の事故を予測するのは不可能だが、もし業務開始時や離陸時のアセンダント、月、水星などがこのルナマップからアフリクトされていたら、事故はもう少し違うものになっていただろう。

この事故に直接影響したのは1964年7月9日と12月4日の部分日蝕、1965年11月23日の皆既日食である。
内側からF27離陸、日蝕(1964/7/9)、日蝕(1964/12/4)、日蝕(1965/11/23)
内側からF27離陸、日蝕(1964/7/9)、日蝕(1964/12/4)、日蝕(1965/11/23)

1964年7月の日蝕はF27離陸時のアセンダントにスクエア、また離陸時のアセンダントルーラー金星は12月の日蝕にスクエア、1965年11月の日蝕の土星とオポジションである。 三重にアフリクトされたものの、スクエアとオポジションであり、離陸時のチャートにも強い表示がなかったため、重大事故には至らなかった。

とは言え、機体の修理には1機新たに買うのと同じくらいの費用がかかった。(*)  離陸時の第2ハウスルーラー火星と第2ハウス中の海王星とのスクエア、またその海王星とパートオブフォーチュンに対して土星がアスペクトをもっていることがそれを表示している。

つづく

2008年1月

* 藤浪修 『空へのチャレンジ』 文芸社 2005

関連アーティクル

  • 『全日空60便・533便』
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  • 『日本航空123便』
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