間違った情報

國分秀星 Q.H.P.

これは1998年5月の日本占星術師組合のセミナー、および6月の朝日カルチャーセンターでの講演から抜粋し、加筆したものである。

日本の占星術ライターたちは事実を確認しないまま、あるいは物事を正確に理解しないまま本を書いている。 そうした本をいくら勉強しても不正確な知識しか得ることができず、また情報が偏りがちなため、日本語だけで占星術を学ぶことは非常に危険である。

『ハウスシステム考』 において「ホロスコープ占星術が成立したのは紀元前3〜2世紀のことである」という意味のことを書いたところ、もっと古くからあったはずだというメールをいただいた。 その人に問いただしてみると、山内雅夫著『占星術の世界』(中公文庫)にそう書いてあるのだと言う。 手元にその本があったので調べてみると、次のような記述があった。

アイルランドの占星家シリル・フェーガンの『獣帯古今』(Zodiac, Old&New)によると、現存する最古のホロスコープ天球図は前2767年7月16日、へリオポリス太陽神殿で作成されたものである。

しかし"Zodiacs: Old and New"を本棚から取り出して何度読み返してみても、そんなことは書かれていなかった。 また、山内氏が書いた書名が正確ではないし、巻末の参考文献を見てもシリル・フェイガンの本はリストされていない。 どこか妙である。

結局、いろいろと調べてみて、山内氏が参考文献としてあげている植田訓央著『現代占星学』(大陸書房)に次のような記述を発見した。

……シリル・ファガン(アイルランド)によると、現存する最古の天体図は紀元前2767年7月16日、エジプトのへリオポリスにおけるものである。また、現存する個人に対する最古の出生図は、紀元前410年4月29日(バビロニア)の日付のものであると、『占星学の今昔』(Zodiacs Old and New)のなかで述べている。

こちらの方がフェイガンの書名が正確だし、山内氏よりも詳しく述べている。 おそらく山内氏は、フェイガンの本を直接読んだのではなく、植田氏の本を参照したのであろう。

だが、依然として"Zodiacs: Old and New"にはそんなことは書かれていないという謎が残る。 植田氏はでまかせを書いたのだろうか?

フェイガンといえば、西洋サイドリアル(サイディリアル)占星術の開祖である。 亡くなってしまった人だから直接質問することはできないが、その後継者なら知っているだろうと思って、マイク・マギーに手紙を書いたところ、バート・ファニンを経由して、ジャック・シリルドから返事が来た。 (それが縁で、私もWestern Sidereal Networkに加入することになったのだが・・・。)

それによると、American Astrology Magazineの1968年4月号の"Many Things"という連載コラムに"Origin of the Zodiac"というタイトルでフェイガンがそういうことを書いているという。 シリルドが送ってくれたコピーから抜粋する。

"In the Journal of Cuneiform Studies, Vol. VI, No. 2, Professor S. Sachs of Brown University published six Babylonian horoscopes, the earliest of which is dated April 29, 410 B.C. This is believed to be the earliest genethliacal horoscope extant. These six charts were examined in the June 1956 issue of this magazine and were proved to have been computed in the sidereal zodiac. But the earliest Katarche chart extant is the Egyptian horoscope for the inauguration of the Sothic era, July 16 (O.S.), 2767 B.C."

30年以上前に日本人がアメリカの占星術雑誌を購読していたというのは考えにくい。 サイドリアル関係者とは別口で問い合わせていたロバート・ハンドからの回答によると"Astrological Origins"というフェイガンの著書にもこれが収録されているそうだから、おそらく植田氏はこれを"Zodiacs: Old and New"で読んだと勘違いしたのだろう。

では、フェイガンが言うホロスコープとは一体どのようなものなのかというと、実は天体の位置を単に文章で記録しただけのものなのである。 以下はフェイガンによる訳である。

"Month Nisan night of the 14th, son of Shuma-usur, son of Shumaiddina, descendant of Deke was born. At that time the Moon was below the 'Horn' of the Scorpion, Jupiter in Pisces, Venus in Taurus, Saturn in Cancer, Mars in Gemini, Mercury which had set (for the last time) was (still) in (visible)."

原文は粘土板に刻まれていたものなので欠損が激しく、随所に(?)が挿入されている。 単なる文章なのだから、これをホロスコープ天球図とか出生図というのは無理がある。 また、ホロスコープという以上、アセンダントに言及していなければならないのだが、それすらない。 (ギリシアにおいても初期のものは図を伴わない文章だけの「ホロスコープ」だったが、アセンダントのことは記録されている。)

この点において植田氏も情報が不正確だと言わざるを得ない。 また、私は実際に読んでいないので書名は記さないが、山内氏と植田氏の他にも、この紀元前410年の天体位置の記録を「ホロスコープ」とか「ネイタルチャート」だと述べているライターがいるそうだ。

このような例はいくらでもあげることができる。 理論や技法について、占い師ではなく単なる文筆業者の場合は、実践によってその有効性を確認しないまま書いてしまうこともあるだろう。 (だからといって私はそれを是認するつもりはない。) しかし、こうした占星術の歴史にかかわる重要事項についてすら疑問を持たず、事実を確認しないまま、無責任に本から本を生み出すのが日本の占星術ライターなのである。 そして再引用という形で間違いが増殖していくのだ。

既に繰り返し主張してきたことだが、占星術を勉強するなら英語の本を読むべきである。 (もしラテン語ができるならさらに有利だ。英訳されていない本もまだたくさんある。) これまでに英文をあまり読んだことがなければ、慣れるのに2〜3年かかるかもしれない。 しかし、たとえ遠回りに見えたとしても、本格的にやろうとするなら、それ以外に道はないし、10年も続ければ実はそれが最短の道だったということが理解できるだろう。

1999年8月
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