ホラリーに関する誤解(4)

國分秀星 Q.H.P.

数年前から「ウィリアム・リリー原理主義者」という言葉をメーリングリストなどでたまに見かける。 これはさまざまな場面で使われるので、状況によって少しずつ意味合いが異なるのだが、“Christian Astrology”に書かれていることが唯一絶対だと思いこんでいる者に対する嘲笑が含まれるという点では共通している。 言うまでもなく、ウィリアム・リリーはたいへん優れた占星術師であったが、一人の人間である以上、一生のうちに経験できることは限られているのだから、それがすべてであるかのように盲信してしまうのは問題があるだろう。

リリーは入手可能な本はすべて持っていたというから、当時のイギリスでは“Christian Astrology”は最高の本であったことは間違いないし、また、現時点においても、英語で書かれたホラリーの本の中では入門書として最高である。 しかし、“Christian Astrology”の巻末にあるリリーの蔵書リストを見ると、意外にもアブラハム・イブン・エズラの“De interrogationibus”をはじめとした重要な本が含まれていないのがわかる。 結果として、ホラリーを実践する上で知っておくべき事柄が所々欠落している。

また、意味を取り違えやすい記述も散見する。 盗難に関する説明(p.342)にサールからの引用がある。

Lord of the seventh in the ninth from his owne house, it is a Stranger.

これはサールの“Interrogations”の第47章からの引用だが、342ページの文脈の中では、Strangerは単に「知らない人」としか解釈できないだろう。 ところが、サールが述べているのは、正確には「第7ハウスのルーラーが第9ハウスにあれば、泥棒は(盗難が発生した)地域の出身ではない」であって、リリーの記述とは意味合いが異なる。

蔵書リスト(p.842、Haly Rodan の項目)から、リリーはサールの“Interrogations”を読んでいることがわかるが、直接読んでいるものについても、このような紛らわしいものがある上に、伝言ゲームに陥る可能性の高い二次引用も多い。 たとえば、303ページのアル・キンディの結婚に関するアフォリズムなどはアリ・アベン・ラゲルからの二次引用である。 アリ・アベン・ラゲルの本から、このアフォリズムの最初の段落を英訳してみるので、ぜひリリーの訳と比較して欲しい。

When the Ruler of the Ascendant applies to that of the 7th House, the wedding will realize, and if the Moon forms applying aspect to Venus and both are empowered and increasing in their motion, also the wedding will take place.

この後に「金星が太陽とアスペクトを」と続くのだが、リリーの英訳はすべてこういった調子で、何かが抜けていたり、何かが足されていたりする。 完全に違うわけではないし、意味も通じているのだが、他人の意見であると断っている箇所でこうした違いが見られるのはいかがなものだろうか。 このようなことを挙げ連ねていくと1〜2冊の本が書けるくらいの分量になってしまうのでここまでにするが、実はこの程度の違いはかわいい方である。

ウィリアム・リリーの不正確さが問題なのではない。 完全無欠なものなどないにもかかわらず、何かひとつの物や人を唯一絶対だと思うことが問題なのである。 他人の理論を盲信すれば、それは占星術というより宗教であり、特定の人物を絶対視すれば個人崇拝だろう。 客観的な判断力が求められる占星術に、そういった主観的な態度を持ち込むことがおかしいのである。

“Christian Astrology”はさらに古い本を読むための準備、あるいは足がかりとして最適である。 実際、この本を読んでいなかったらサールやイブン・エズラを読んでも理解できなかっただろうと思う。 “Christian Astrology”(これを理解するには“Horary Astrology Rediscovered”が不可欠である)をじゅうぶんに勉強した上で、ホラリーについての知識を広げて欲しいものである。

2003年3月
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