ホラリーに関する誤解(2)

國分秀星 Q.H.P.

日本でホラリーが話題になるとき、必ずと言っていいほど訪星珠著『ホラリー・アストロロジー/宿縁と占星学』(日本占星学アカデミー)が引き合いに出されるが、同書の誤りに気づく人は少ない。 私の生徒の中にもこの本を読んだために正しい判断ができなくなってしまった者がおり、 また多くの人がこの本に惑わされているので、その誤りをここで指摘させていただきたい。

まず、著者はイベントチャートやコンテストチャートをホラリーと混同している。 たしかに判断の仕方は同じなのだが、区別しないと失敗することがある。 たとえば同書24ページにある『夫の家出』において、妻を第1ハウスととっているが、 これは妻から質問があった日時ではなく、夫が家を出た日時でチャートが作られており、 イベントチャートなのだから家出した夫を第1ハウスとするべきだ。 したがって、夫と妻のハウスを入れ替えた状態で判断しているので、 著者の理由付けはかなり苦しいものとなっている。 このチャートは比較的簡単な部類に入るにもかかわらず、著者の説明では読者は混乱するに違いない。

また、この例題だけでなく、同書に載っているすべての占断例に共通することだが、 著者の理由付けは理路整然としたものではなく、簡明さを欠くため非常に理解しづらい。 率直なところを言わせてもらうなら、チャートを読んでいるというより、 直感をチャートに投影して無理矢理答えを引き出しているとしか私には思えない。

一例をあげる。38ページに「行方のわからない愛犬」というのがあり、水星がおとめ、 金星が第6ハウスだから、どこかの家で飼われていると説明されている。 しかし、私は著者が67ページに列挙している本のうち、シルビア・デ・ロンのものをのぞいてすべて持っているが、 ペットを表す天体がおとめ、あるいは第6ハウスにあれば他人の家で飼われているなどというのは読んだことがない。 これはおそらく、著者の思いつきをチャートから無理矢理ひねり出したものであろう。 (デ・ロン女史の本にそういうことが書かれているなら私は素直に謝るが、デ・ロン女史というのはそんな奇抜なことを書く人なのだろうか?)

鑑定の現場においてチャートを読むということは応用問題を解くことであり、 教科書に書かれた例題通りに解読できるとは限らない。 したがって基礎的な事柄を組み合わせて応用するわけだが、そのとき、基礎にないこと、 すなわち教科書で学んだことのない事柄を組み合わせてはならない。 チャートを読み間違える原因となるからだ。 このチャートの場合、イベントチャートであるのに質問者を第一ハウスにとっているのは明らかに間違いであるが、 もしこれがホラリーチャートであったとしても、第6ハウスにもおとめにも、 他人の家で飼われているという意味はないのだから、著者の理由付けはこじつけでしかない。

著者は、質問の種類に関係なく、希望のハウスと結果のハウスのルーラーによって判断しようとしているが、 これは止めた方がよい。 たしかにこれらのハウスを使うことはある。 しかし、それはアセンダントと質問に関係したハウスのルーラーから既に結論が出ているときに、 参考として見るだけにしておくべきだし、また、このやり方が常に使えるわけではないからだ。

著者が犯した最大の間違いは、ジェラルディン・デイビスの著書から占断例を引用している箇所で、原書の記述をすり替えていることである。 同書74ページでデイビス女史の言葉を引用して、「もし上記の点数表を用いないと、お金が戻ることについては失望と答えただろう」とあるが、これは原書に書かれたデイビス女史の言葉を歪めている。 デイビス女史が書いたのは「もしトランスレーションやコレクションを考慮していなかったら、お金が戻ることについては失望と答えただろう」であって、ディグニティのスコアのことなど触れていないのだ。 なぜ著者がこのように事実に反することを書いたのか、理解に苦しむ。

私が「占星術を勉強するなら洋書を読むべきである」と日頃から主張しているのは、こういうところに起因している。 日本語だけで占星術を勉強することは、このように、 事実に反する情報がインプットされる危険が常につきまとうからだ。 よく「いろいろな本を読んだけれど、さっぱりチャートが読めない」という人がいる。 与えられた情報(読み方)が間違っていれば、正解が出ない(チャートが読めない)のは当然であろう。

ただ、チャートが読めないことを自覚している人はまだいいのだが、ほとんどの人は、ライターがじゅうぶんに理解しないまま書いた本を読んで、わかったようなつもりになっているだけで、自分がチャートを読めないことに気づいていない。 これは、ライターたちは占い師として実際にそのテクニックを使っているわけではないので理解が不足していることに原因があるわけだが、説明している人間が理解できていないのだから読者も理解できるはずがないのだ。 そして、それは車を運転したことのない人間が運転の仕方を説明しているようなものであって、危険としか言いようがない。 この本の著者もまた、用語の定義を正確に理解しておらず、かつチャートを注意深く読んでいない箇所がある。 たとえば、同書46ページで裁判の実占例をコレクションの事例として紹介しているが、よく見ると、実はコレクションになっていないのだ。

金星:おとめ6度
冥王星:てんびん14度
海王星:いて15度(R)

著者はこれを海王星による金星と冥王星のコレクションであるとしている。 しかし、金星は海王星とアスペクトを作る前に、さそり12度の天王星とセクスタイルになってしまうし、 冥王星が海王星と正確なアスペクトを形成する前に海王星は順行に移ってしまうのである。 これではコレクションにならない。

私は著者に対して同書の間違いを指摘したことがある。 ところが著者は、趣味で長年やってきたわけではないから誰が何を言おうと自分の経験を優先する、と私の意見を否定した。 たしかに経験は貴重である。しかし、それは正しい理論に沿って行われたときに初めて意味を持つのであって、 前提となるものが間違っていたらまったく無意味である。

正しい占星術が普及することを望むばかりである。

1998年1月
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