日本航空715便

國分秀星 Q.H.P.


日本航空715便クアラルンプール墜落事故についての考察です。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

1977年9月27日、東京発シンガポール行き日本航空715便は経由地のクアラルンプール空港へ着陸進入の際、空港手前の丘に墜落し、乗員乗客79名中34名が死亡、45名が重軽傷を負った。

まず715便が羽田を出発したときのチャートを見てみる。
715便出発(羽田空港)
715便出発(羽田空港)

アセンダントルーラー木星に対して第8ハウスルーラー月がスクエア、かつ第8ハウスには火星があり、カノープス(かに14度39分)とコンジャンクション。 これがネイタルチャートなら突然死、とくに自殺(過失によるものも含む)が予測される表示である。

マレーシア政府が発表した事故調査報告書は、機長が滑走路を視認しないまま、日航の社内規定で決められた最低安全高度を下回る高度へ降下していったこと、副操縦士がそれに対して異議を申し立てなかったことを事故原因としている。 正に自らの過失によって墜落したのである。

715便が出発した後、月はさらにアセンダントルーラー木星へ接近し、事故を起こす3時間ほど前にはおひつじ4度7分で月蝕(半影蝕)となった。

715便のフライトに影響した蝕は1973年1月と12月にそれぞれ起きた日蝕である。 どちらの日蝕も6年以上効力を維持していた。 1月の日蝕は715便出発時の火星にオポジション、12月の日蝕は出発時の月にスクエアであった。

内側から715便出発、日蝕(1973/1/4)、日蝕(1973/12/25)
内側から715便出発、日蝕(1973/1/4)、日蝕(1973/12/25)

この1月の日蝕はベガ(やぎ14度56分)の上で起きている。 ベガは地位と名声をもたらすベネフィックな性質をもっているが、同時に多大な損失を伴うことがある。 また、Vultur cadensというラテン語名からわかるように、「落ちるワシ」であり、航空機にとって危険な意味を持つ。 715便出発時、第8ハウスカスプ付近の火星に対して、ベガの影響を持ち合わせた日蝕がオポジションというのはたいへんな不運であった。

さらに12月の日蝕が起きたのはポリス(μ Sgr)の上である。 ポリスは月とのコンジャンクションによって、間違った方向へ誘導されるという効果をもち、それに注意を払わないと損失・失墜を招く。 事故調査報告書に書かれた、最低安全高度からさらに降下していった機長に対して副操縦士が異議を申し立てなかったというのは月とポリスのコンジャンクションによるものと考えていいだろう。

日航業務開始時のチャートに対しては1975年5月と1976年4月の日蝕が影響している。 1975年5月の日蝕は4年3ヶ月の効力をもち、業務開始時のアセンダントにオポジション、1976年4月の日蝕は5年以上の効力をもち、業務開始時の水星にオポジションとなった。

内側から日航業務開始、日蝕(1975/5/11)、日蝕(1976/4/29)
内側から日航業務開始、日蝕(1975/5/11)、日蝕(1976/4/29)

このうち1976年4月の日蝕は、アセンダントルーラー火星が第9ハウスで土星とコンジャンクト、旅のナチュラルルーラー水星がアルシオーネとコンジャンクトし、アセンダントが日航業務開始時のアセンダントと同じ位置にあるので、日航機の事故を示唆している。

この他、715便が経由地香港を出発した時のチャートも事故に影響しているが、長くなるので割愛する。

2009年2月

関連アーティクル

  • 『日本航空446便』
  • 『日本航空446便(2)』
  • 『日本航空471便』
  • 『日本航空123便』
  • 『日本航空123便(2)』
  • 『日本航空123便(3)』
  • 『全日空60便・533便』
  • 『全日空60便・533便(2)』
  • 『全日空60便・533便(3)』
  • 『全日空60便・533便(4)』
  • 『全日空60便・533便(5)』

  • [ Home  |  Articles ]
    © 2009 FOL Office. All rights reserved.