日本航空446便

國分秀星 Q.H.P.


日本航空446便シェレメチェボ墜落事故についての考察です。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

1972年11月28日、コペンハーゲン発東京行き日本航空446便は経由地モスクワ・シェレメチェボ空港を離陸した直後に墜落し、乗員・乗客76名中62名が死亡した。

まず、事故直前のルナマップを見てみる。
1972年11月20日満月(シェレメチェボ空港)
1972年11月20日満月(シェレメチェボ空港)

アセンダント上にあるアルカイド(η UMa おとめ26度33分)は北斗七星の柄の先端の星で、事故や災害を引き起こす。 逆行する水星がコンジャンクトするアンタレスは事故に直接結びつくものではないが、性急な行動を意味し、月はアルシオーネの位置にある。 水星と月が第3ハウス・第9ハウスにあることから、航空機事故と見ていいだろう。

次に446便のフライトについて見てみよう。 コペンハーゲン発なのだからコペンハーゲン国際空港を出発したときのチャートを検討したいところだが、30年以上前に海外で起きた事故について調べるのは難しい。 手は尽くしたつもりだが結局分からなかったので、事故が起きたシェレメチェボ空港出発時のチャートを見ることにする。

446便出発
446便出発

先に述べたアルカイドがICにある。 アセンダントルーラー月が土星とスクエア、水星はコンバスト、逆行、ボイドオブコースと状態が悪く、離陸直後に失速したというのが納得できる。 事故原因について、副操縦士が間違えてスポイラーを展開したこと、エンジン防氷装置を作動させていなかったことが指摘されているが、月が逆行する土星とアスペクトをもっていることから、スポイラーの誤操作の方が主たる原因だと思われる。

シェレメチェボ空港出発時のチャートは代替ではあるが、多くの蝕からアフリクトされている。
内側から446便出発、日蝕(1969/3/18)、日蝕(1969/9/12)、日蝕(1970/3/8)
内側から446便出発、日蝕(1969/3/18)、日蝕(1969/9/12)、日蝕(1970/3/8)

1969年3月、9月、1970年3月の日蝕はすべて446便の事故当日において効力を持っている。 1969年3月の日蝕が446便出発時のMC上にあり、1969年9月の日蝕は出発時のアセンダントルーラー月の上で起き、1970年3月の日蝕が月に対してオポジションである。

内側から446便出発、日蝕(1971/7/22)、日蝕(1972/1/16)、月蝕(1972/7/26)
内側から446便出発、日蝕(1971/7/22)、日蝕(1972/1/16)、月蝕(1972/7/26)

1971年7月の日蝕は446便出発時のアセンダント上で起き、1972年1月の日蝕はルナマップ中の土星が出発時の水星にオポジションとなっている。 一番外側は事故の4ヶ月ほど前の月蝕である。 月蝕のルナマップとしての有効期間は過ぎているが、土星が出発時の月にスクエアとなっているので参考のために付加した。

つづく

2008年8月

関連アーティクル

  • 『日本航空471便』
  • 『日本航空123便』
  • 『日本航空123便(2)』
  • 『日本航空123便(3)』
  • 『全日空60便・533便』
  • 『全日空60便・533便(2)』
  • 『全日空60便・533便(3)』
  • 『全日空60便・533便(4)』
  • 『全日空60便・533便(5)』

  • [ Home  |  Articles ]
    © 2008 FOL Office. All rights reserved.