中華航空204便

國分秀星 Q.H.P.


中華航空204便墜落事故についての考察です。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

1989年10月26日、中華航空204便は花蓮空港を離陸した直後に山腹に衝突し、乗員・乗客54名全員が死亡した。 飛行計画では離陸してから左旋回して海へ向かうことになっていたのだが、パイロットが滑走路を間違えたことに気づかず、結果として計画とは正反対の方角へ向かったことが原因だった。

中華航空204便離陸
中華航空204便離陸

離陸時のアセンダントルーラー水星はスピカ(てんぴん23度41分)とコンジャンクションで、これは申し分なく幸運な表示である。 だが、同時に火星も水星とスピカにコンジャンクションとなっている。 スピカはマレフィックとのコンジャンクションによって、「上昇の後に下降して悲劇に終わる」という性質を持ち、さらに月は第8ハウス中の天王星と土星に対して接近のスクエアで、航空機にとって危険な配置となった。 また、第8ハウスルーラー木星が第8ハウス中の土星、天王星、海王星とオポジションとなっている。

このチャートを業務開始時のチャートに重ねてみる。

内側:中華航空業務開始、外側:204便離陸
内側:中華航空業務開始、外側:204便離陸

業務開始時のアセンダントルーラー土星に204便離陸時の土星がコンジャンクション、業務開始時の第8ハウス中のドラゴンヘッドに204便離陸時の月がコンジャンクションとなって危険ではあるが、企業が長く存続する以上、危険な天体の配置が巡ってくるのは避けられない。 危険だからといって、土星が影響を及ぼしている期間中や、月が同じ位置に来る都度、業務を休止するのは現実的ではないだろう。

だが、業務開始時の第8ハウスルーラー水星が204便離陸時のアセンダントにオポジションとなっているのは少し時間を変えるだけで影響のないところへ動かせる。 もし出発時刻を20分ほど遅らせていたら、滑走路を間違えたとしても搭乗者全員が犠牲となるほどの事故にはならなかったのではないかと思える。 日航や全日空の事故と比べて、墜落事故を起こすほど強い表示が見あたらないからだ。

中華航空業務開始時と204便離陸時それぞれ日蝕の影響はどうだったのだろうか。

内側から中華航空業務開始、日蝕(1989/8/31)、日蝕(1989/3/8)、日蝕(1987/3/29)
内側から中華航空業務開始、日蝕(1989/8/31)、日蝕(1989/3/8)、日蝕(1987/3/29)

1989年8月の部分日蝕はアリオト(おとめ8度47分)に近いところで起き、中華航空業務開始時の第10ハウスルーラー火星とスクエア。 アリオトは乱気流や時化など航空機や船舶にとって障害となる事柄を意味する。 日蝕がパイロットを示す第10ハウスルーラーをアフリクトしているのは、使用する滑走路を間違えるということに関わっていると考えていいだろう。

1989年3月の部分日蝕(うお10度3分)は業務開始時の第8ハウスルーラー木星とスクエアで第8ハウスに関連する墜落に影響をおよぼし、日蝕の火星と木星はMCにオポジションでパイロットを表すハウスが損なわれた。

1987年3月の金冠皆既日蝕はアルゲニブ(おひつじ8度53分)の上で起きた。 アルゲニブはペガスス座のγ星でペガサスの翼にあたる。 この日蝕が機体を表すアセンダントルーラー土星にスクエアとなったのは航空機には厳しい表示だろう。

内側から中華航空業務開始、日蝕(1986/10/4)、日蝕(1985/5/20)、日蝕(1984/5/31)
内側から中華航空業務開始、日蝕(1986/10/4)、日蝕(1985/5/20)、日蝕(1984/5/31)

1986年10月の金冠皆既日蝕はビンデミアトリクス(てんびん9度45分)の近くで起き、業務開始時のアセンダントルーラー土星にスクエアとなった。 ビンデミアトリクスは太陽とのコンジャンクションで事故につながるから、それが日蝕の影響と共にアセンダントルーラー土星に伝わったことになる。

1985年5月の部分日蝕は事故につながる傾向のあるアルシオーネ(おうし29度47分)に近く、業務開始時のMCとオポジション。 1984年5月の金冠日蝕はアルデバラン(ふたご9度34分)の上で起き、業務開始時の第10ハウスルーラー火星とオポジション。 アルデバランは月とのコンジャンクションによって変死をもたらす。

内側から204便離陸、日蝕(1988/3/18)、日蝕(1987/9/23)、日蝕(1987/3/29)
内側から204便離陸、日蝕(1988/3/18)、日蝕(1987/9/23)、日蝕(1987/3/29)

1988年3月の皆既日蝕はうお27度42分で起こり、204便離陸時の月とオポジション、1987年9月の金冠日蝕(おとめ29度34分)は離陸時の月とコンジャンクションとなっている。 1987年3月の金冠皆既日蝕は前述の通りアルゲニブの上で起きている。 この日蝕が離陸時第8ハウス中の土星とスクエア。

内側から204便離陸、日蝕(1986/10/4)、日蝕(1985/5/20)、日蝕(1984/11/23)
内側から204便離陸、日蝕(1986/10/4)、日蝕(1985/5/20)、日蝕(1984/11/23)

1986年10月の金冠皆既日蝕は204便離陸時の第8ハウス中にある土星とスクエアとなった。 1985年5月の部分日蝕は離陸時のアセンダントとコンジャンクション、1984年11月の皆既日蝕(いて0度50分)は離陸時のアセンダントにオポジションで、これが204便の事故を決定づけたと言える。

合計9回の日蝕が事故に影響したことになる。 今ではそのくらいでは墜落事故は起きなくなってきたが、この時代には多すぎる数だった。

今回調べた日蝕は1986年2月の中華航空の事故にも影響しているので、次はそれを見てみよう。

2016年10月

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