旧アーティクル

國分秀星 Q.H.P.

もくじ
あなたはどうやってチャートを読んでいますか?

さて、占星術を学ぶのには火星の闘争本能も必要だが、やはり本質的には水星を使う。 学ぶという行為は水星が象徴するからだ。 また、占星術師は水星によって象徴される。つまりメッセンジャーである。 サインで言うなら、やはりふたご、もしくはおとめだろう。 (あらかじめ申し上げておくが、反論のある人は Christian Astrology を研究してから異議を唱えていただきたい。)

ところが、意外にも多くの人がトランスサタニアンを使って読んでいるのだ。 以下にそれを説明する。


天王星 占星術を科学や統計で考えてしまうタイプ

伝説によれば、占星術はヘルメス神から人間に伝えられたものだという。 とするなら、占星術は神の叡智であり、科学だの統計だのといった小賢しい人間の知恵が割り込む余地はないだろう。 ハーフサム、ハーモニクス、コスモバイオロジーを多用する特徴がある。 トロピカルゾディアックよりもサイドリアル、ネイタルよりもマンデンを愛好するという傾向も。 たしかに天王星がもたらす才能はいろいろと役にはたつけれど、チャートの解読が数量化できるなら占星術師なんかいらないのでは? 権威主義者が多い。


海王星 インスピレーションと当てずっぽうで読むタイプ

ごく基礎的な知識だけで実占ができると勘違いしているので、勉強らしい勉強をせず、 入門書レベルの本を数冊読んだだけで実占をしてしまう人たち。 (実はライターにもこのタイプが多い。そういう人たちが書いた本を読んで勉強しても実占はできないと断言しておく。)  たしかにエキスパートになると、ほとんど一瞬でチャートの特徴をつかみ、すらすらと言い当ててしまうが、もちろんそれには裏付けがあってのこと。 つまり、熟練によってショートカットができているだけで、決して当てずっぽうではないわけだ。


冥王星 根掘り葉掘り聞き出して、チャートではなく相手の反応から占う(?)タイプ

これは占星術に限らず、他のジャンルの占い師のなかにも多い。 こうなってくると、占い師ではなく、カウンセラーもしくは人生相談のセンセー。 「私は占い師だ」って言うなら、占い師でなければできないことをやるべきではないか?  占星術に限って言うなら、心理学が好きな人たちに多い。チャートなんかほとんど必要なし。 リズ・グリーンとかカレン・ハマカー・ゾンタクなんかが愛読書。 アメリカ人だとPh.Dなんて肩書きが付いていることも・・・。

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あなたはどうやってチャートを読んでいますか?(2)

他人のチャートの読み方を見ていると、自分の主観をチャートに投影している者が多いのに気づく。 つまり、自分の思いこみ、当てずっぽう、カン、ひらめき、インスピレーションといったものを無理矢理チャート中の表示の中から見いだそうとしているのだ。 たとえば、職業についての相談を受けたとき、占う者の主観によってある職種が浮かんだとすると、その職種をチャートから捻りだそうとするやり方だ。

また、主観だけに限らず、MCのサインやルーラーといった、あるひとつの表示だけを見て答えをだしてしまうことも同様だと言える。 ありとあらゆるチャートについて言えることだが、1枚のチャートのなかには必ずといっていいほど、矛盾するような、もしくは対立する意味の表示がある。 ホラリーチャートであれば、成就を意味する表示がある一方でそれを否定する表示があったりするわけだ。 もし、ネイタルチャートでどちらか一方の表示ばかりだとしたら、それは非常にアクの強い人間だろう。 だから、依頼されたに事柄に関連する表示をすべて列挙した上で、それを総合して判断しなければならない。

これをやると、ある特定の内容について見るとしても、結局はチャート全体を読むことになる。 私がこれまでに鑑定をやってきた経験からすると、ひとつの表示だけを見て単純に判定できるようなチャートは極めて少ない。 逆に言うなら、そんなアマチュアにでも読めるような単純なチャートばかりなら占星術師は失業してしまうのである。

こうしたことをわきまえていないと、チャートを読み切れないので、的確な判断が下せず、常識的な判断を元に人生相談のようなことを言ってお茶を濁すことになるだろう。 (占星術に限らず、そうした占い師のなんと多いことか!)

また、依頼者の言うことをすべて鵜呑みにするとチャートを読み間違える。 というのは、故意にしろ、無意識のうちの反応にしろ、人間は事実に反することを言うものだからだ。 一番多いのは、自分の才能や現在の状況もわきまえずに夢を語る者だろう。 だから占星術師は依頼者の言葉よりもチャートに表示された事実を信頼すべきである。

ウィリアム・リリーはアセンダントルーラーを てんびん にもっていたためもあって、チャートに表示されている事実に基づいて客観的な判定をしていた。 これは個人の性格にも因るが、リリーの態度は見習うべきだろう。 どうしてもカンやインスピレーションに頼るというなら、占星術ではなく、そちらの才能を磨く努力をしたほうがいいと私は思う。

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プロの占星術師とは?

長年、プロの占星術師とはどういうことなのか、どうあるべきなのかを考え続けてきた。 多くの本を書いて著名であることがプロなのか? 収入がじゅうぶんにあることがプロなのか?  どちらも違うように思う。というのは、占星術師の真価は名声と収入では計れないものだからだ。

たとえば、いろいろな占星術の本を書いて有名な人間というのは、たいてい満足にチャートを読めない。 実占の経験がないからだ。 それに、鑑定だけで生活できる腕前であるなら、多くの本を書く暇があるわけがない。 彼らの多くは、読者をひとまず「わかったようなつもり」にさせる文章を書くのがうまいだけなのだ。 また、自分が勉強したことをすぐさま本に書き、実占による裏付けのないまま世に出してしまう者もいる。 これは、人より先に何かをやりたいだけの無責任この上ない行為である。 彼らは「プロのライター」なのであり、「プロの占星術師」とは言えない。

オリビア・バークレイ によると、彼女が主催している占星術の通信講座は日本円にするとわずか5万円ほどのものなのだが、イギリスの占星術師たちは貧しいので一括で支払えず、1回のレッスンごとに分納することがほとんどなのだそうだ。 (ごく初歩的なことしか教えないのにウン十万円もとる日本の占星術学校はぼったくりもいいところだ。)

それでも、ときには金銭的な余裕がなく、授業料を支払えないために2年で修了するべきところを3〜4年かかる人もいるという。 恐らく生活費を切りつめて授業料を捻出しているのだろう。 そんな通信講座などやらなければ、もう少し楽な生活ができるにもかかわらず・・・。 これは自分の能力を高めようとする、プロとしての自覚の現れであり、 生活が貧しくてもそれを怠らないのはプロとしてのプライドである。

彼らイギリスの占星術師たちに栄光あれ!

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トランスサタニアンが見えますか?

どうも昨今の占星術師(とくにライター)たちはトランスサタニアンに必要以上にウェイトを置き過ぎているように思う。 私はしばらく前にトランスサタニアンをサインのルーラーに割り当てるという考えを捨てたが、一週間の曜日がどうして今のような順番に並んでいるのかを理解しているなら、それは当たり前のことだ。 当然、ミューチュアルリセプションやディスポジターでトランスサタニアンを考慮することも間違いである。 もし、そういうときにどうしてもトランスサタニアン、あるいはキロンや小惑星を入れたいのなら、ぜひ天王曜日、海王曜日、冥王曜日、キロン曜日、ジュノ曜日・・・を作っていただきたい。

また、アスペクトのオーブを天体ごとに変えるというのは以前からやっているが、トランスサタニアンのオーブはゼロと見なすことにした。理由は簡単だ。トランスサタニアンは裸眼で見ることができないからだ。

そもそも占星術の根底にあるのは天体が放つである。 光とは、すなわち目にみえるということであり、古代の占星術が観測を基本としていたことがわかる。 たとえば、コンバストやサンビームは日の出・日の入りを観測した結果を踏まえてのものだし、また、アスペクトのオーブについてもそれぞれの天体を実際に観測した上で決められているのだ。 そうなると裸眼で見ることのできないトランスサタニアンにオーブがないというのは容易に理解できる。 もし、オーブをとるとすれば、17'が限度だろう。

ちなみに、アングルとパートにもオーブはない。こちらは完全にゼロである。

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どんな本を読んだらいいですか?

いろんな人から頻繁に質問されるのがこれだ。 プロとしてやる・やらないはともかく、本気で占星術をやるなら最低でも100冊は洋書を読んで欲しいところだが、入手しやすいものの中から厳選してみた。参考になれば幸いである。

もし、以下の本を読んで不明な点があれば、いくらでもお教えするのでメールで問い合わせていただきたい。 (ただし、お答えするのは、これらの本の内容についてだけである。)

Text-Book of Astrology  A.J. Pearce
ネイタル、マンデン、イレクションなどについて書かれた、古き良き時代の占星術。 天王星と海王星についての記述がある以外は、モダンな要素は全くない。 占星術ってのはこうあるべきなんだなと思いながら読むといいだろう。

Christian Astrology  William Lilly
本当にプロになりたいなら、この本は必ず読むべきだ。 活字印刷ではあるものの、所々文字が潰れていたり、綴りが古かったり、誤植があったりなので、可読性は低いが、慣れればどうってことない。むしろ、現代文より読みやすいくらいだ。 リリーが異常なくらい正確に予言ができたのは、正確な知識と豊富な経験によるものだということがこの本を読むと理解できる。

Tetrabiblos  Ptolemy
この本は入門書だと思われているようだが、それはとんでもない間違いだ。 読めば読むほど昔の占星術の奥深さに驚かされる。欠点は、訳が的確でない部分があるのと、文章が読みづらいこと。(イギリス人でも読みづらいそうだ。)  LoebのものとSymbols&Signsのものを両方買って読むといいだろう。
文字どおり4つのパートに分かれていて(tetra=4, biblos=books)、とくに Book2のマンデン(主に食について)と Book3のネイタルがおもしろい。 Book3は他の本、おそらくホラリーについて書かれたものをネイタルに書き改めたような雰囲気がある。 ここでのパートオブフォーチュンの解釈を読むと、当時の人たちがいかにそれを重要視していたかがわかる。

Astronomica  Manilius
どういうわけか日本語訳も出版されているのが奇妙だが、日本語訳はフランス語訳が元になっているのに対して、この英訳はオリジナルのラテン語版から直接翻訳されているのでいくらか正確だろう。 日本語訳はとくに固有名詞の違いがはなはだしく、また「基本円」なんて書いてあっても、それがアングルのとこだと気づくにはちょっと時間がかかる。 しかし、ラテン語版においても未完結かつ部分的に何行か文章が脱落していると思える個所がある。 というのは、たとえば第5ハウスを健康状態に関連させていたりするような不可解な表現が日本語訳と英訳に共通しているからだ。 とはいえ、この本に書かれているハウスについての解釈は興味深く、とくに天体とハウスが相互に影響を及ぼすという表現は何度も噛みしめて味わうべきだろう。

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知識と経験

これまでにいろいろとやってきた経験から言うと、チャートをしっかりと読めるようになるには占星術についての正確な知識と、実際にチャートを読む(鑑定する)という経験のバランスがとれていることが必要だ。 まずは正しい知識を身につけ、実際にチャートを読む過程においてその有効性を認識し、もし疑問が生じればまた本に戻って確認、あるいはさらに新しい知識を求め、再び実占に戻るという繰り返しによって占星術師の能力は向上していく。

ところが英語アレルギーの人間が多いため、日本では経験ばかりが重視されている。 きかれもしないのに「私は○○年占星術をやっている」と言ってしまう輩に限って大したことはない。 正しい知識もなしに実占をやろうとするのは、普通自動車の免許をもっているというだけでF1レースに出場しようとするのと同じくらい無謀なものだ。 (もっともF1レースはライセンスがなければ出場できないから、ライセンスなしでもできる占いよりはマシだが)

私がこういうことを書いたりすると、「知識をひけらかしている」とか「基礎がしっかりしていれば実占はじゅうぶんにできる」と言う人がたまにいる。 冗談はやめていただきたい。その基礎ができていない者が多いから言っているのである。 そして、そう反論する者は自分自身の基礎がなっていないことを自ら宣言してるのに等しい。 私は実占の能力をあげることを目指しているのであって、机上の学問をやろうとしているのではない。 実占に必要だと思うから知識を身につけようとしているのだ。

ウィリアム・リリーは占星術を学ぼうとする者が身につけるべきいくつかの重要な知識と事柄について述べている。 そのうちの最初の3つについて書いてみたい。

(1)正確にチャートを書けること
近頃はいろんなソフトウェアがあるので、手計算ではチャートが作れないなんて人もいたりする。 嘆かわしい限りだ。ソフトウェアにべったりと依存してしまうことには問題がある。
まず、そのソフトにインプリメントされていない機能、すなわち技法を使わなくなってしまう傾向があることだ。 これはソフトウェアを作った人間の知識と趣味に大きく左右される。 そのソフトウェアを使う以前にそれなりの知識と経験をもっている者であれば、そのスペックを認識した上で使いこなすこともできるだろうが、学び始めたばかりの者はそのソフトウェアの機能が占星術のすべてであるかのように錯覚してしまう可能性がある。 限られた技法しか使えないような汎用性のないソフトウェアはそれを作った者の自己満足以外の何物でもない。 占星術について正しく豊富な知識をもった者が開発に関与するべきだろう。

(2)ハウスについての正確な知識をもつこと
ハウスとサインがイコールだと思っている者が多い。 (多いと言うより、ほとんどがそうだと言っても過言ではないかもしれない)  モダンな占星術は簡略化のためにサインによってハウスの意味を代用しようとする傾向があるが、もちろんそれは間違いだ。ハウスとサインは完全にイコールではないからだ。 たとえば父親を象徴するハウスはあるが父親を象徴するサインはない。 また、人体の部位では、胃袋を象徴するサインはかにであるが、ハウスは第5ハウスである。
つまり、我々の人生において遭遇する人と物はすべていずれかのハウスによって示されるが、サインはもっと漠然とした事柄を表すだけなのだ。 リリーは、「ハウスについての正確な知識をもたずに占星術をやろうとする者は、置き場所もないのにたくさんの家具を買い込んでしまう愚か者と同じである」と述べている。 私も同感である。

(3)天体のディグニティを理解すること
これを知らないと、木星とトラインだから良いというような短絡的な解釈しかできない。 ディグニティを持たない天体の効果はたいして期待できないからだ。 とくにホラリーではそれが致命的なミスにつながることがある。
また、ディグニティにエッセンシャルとアクシデンタルの2種類があることを知っている者は少ないのではないだろうか。 (知っている人は私宛にメールをいただきたい)  チャート中の天体がどのくらいの影響力をもつかは、正確にチャートを読む上で重要であり、それはこの2つのディグニティについての理解なしには完全なものとは言えないのである。

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心理占星学とは?

占星術の本を読んでいてユングとかアーキタイプという言葉を発見したら、その瞬間に放り投げて二度と読まないことをお勧めする。 実践的な占星術をやる者にはまったく不要なものであり、それを読むのは時間の無駄だからだ。 鑑定の現場で求められるものは、突き詰めて言うなら、物事の成否とその時期であって、カウンセリングではない。 もし、鑑定を依頼してきた人にカウンセリングが必要なら、カウンセラーに委ねるべきである。 占い師には占い師の本分があるはずだ。

占星術というものはユングの心理学ほどシンプルなものではない。 英米では主にAstro-psychologyと呼ばれることからもわかるように、あくまでも心理学とみなされているのは、心理学のおおざっぱな体系を補完するために占星術を付け足しているからだ。 (だからイギリスではプロたちから公然と批判されている)  したがって、心理占星学をやっている者は、占星術ではなく、実は心理学をやっているのだということを認識すべきである。

そもそも「私は占星術(学)を研究している」と公言する者が、人からチャートを見せられたときに、それを満足に読めないとしたら、占星術を研究していると言ったところでまるで説得力がないではないか。 占星術を学問として研究するのは結構なことだが、チャートのひとつもろくに読めないような人間がちゃんと占星術を研究しているとは思えない。

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今年のカーター・メモリアル・レクチャアから

先日、オリビアさんからカセットテープが届いた。 これは、9月にエクスターで行われたカーター・メモリアル・レクチャアでの彼女の講演を録音したもので、そのときオリビアさんが使ったチャートを私が作成したことに対する返礼であろう。

オリビアさんの講演は、彼女がこれまでに主張してきたことを要約したものであり、既に伝統的な技法にのっとったやり方をしている者にとってはごく当たり前のことだったが、冒頭でオリビアさんを紹介するニック・カンピオンの話に感動した。 心理占星学に関するくだりからは、彼がだてにAAの会長をやっているわけではないことがうかがえる。

幸い、ニック本人から、彼の話をこのページに掲載する許可が得られたので、ここで紹介したいと思う。

Every year the Lodge or the Association chose the speaker to give the Carter Memorial Lecture, and this year the Lodge had chosen Olivia Barclay.
Olivia is an astrologer of some repute, I'd say. Many people, when they first meet Olivia think, 'What a nice lady!' But Olivia has been the cause of a minor earthquake in many parts of the English speaking world, including Germany and Italy and other countries over the last fifteen years, mainly because she insisted that the small number of people, as it was in those days, who studied horary were using texts which were distorted and bastardized during the 19th century, and it was Olivia who was behind the republication of William Lilly's masterpiece 'Christian Astrology' which was the first astrological textbook to be written in English in 1647.
That represented, if you like, the coming of age of astrology in England and the first time people who didn't speak Latin could study astrology - and Olivia introduced us to that work which was the direct line of astrology going back to the classical world. That line had been broken when astrology went out of fashion and had to be rediscovered in the early 1970s bit by bit.
And Olivia was behind the republication of 'Christian Astrology' at a time when, I think, the consensus was that the way astrology was going was towards depth psychology. Olivia suddenly drew people back to the realization that there was a very precise technical way of working with astrology to make one's forecasts. Out of her work has come as plethora of magazines, the Horary Practitioner, the Traditional Astrologer, and those who teach traditional astrology here and in the United States, and of course Olivia's own school. People who have been studying astrology for 20 or 30 years have enrolled in Olivia's school. Her impact is really quite monumental.
Olivia will be talking to us tonight on the subject of traditional astrology.

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モダンな占星術とは?

17世紀から19世紀にかけて、占星術は不遇な状態に陥った。 ケプラーによって惑星の運動法則が発見され、ニュートン力学がそれに理論的な裏付けを与え、さらに天王星が発見されたことが、天文学の体系を見直すことにつながり、結果として、それまで天文学と同一視されていた占星術が切り離され、顧みられなくなっていったのである。 これは、科学万能主義の訪れを象徴する出来事と言えなくもない。

それを救ったのがアラン・レオである。 しかし、多くの人たちが理解できるように占星術を簡略化したのはまだしも、インドを旅行した後にヒンドゥ占星術の体系を付加してしまったのはいただけない。 ヒンドゥの技法はあくまでもヒンドゥの体系のなかで使われるべきものであり、ギリシア・ローマ時代から綿々と受け継がれてきた西洋占星術の体系とは異なったものに発展してしまっているからである。 アラン・レオ以降もヒンドゥの技法は西洋占星術にとり入れられ、とくにソーラーリターンについてはそれがはなはだしい。 そして、さらに深層心理学や統計学その他の雑多なものを取り込んだものがモダンな占星術である。

占星術を勉強し始めて日の浅い人たちから、占星術は難しいとかチャートがよく読めないという言葉を聞くが、それは占星術が本来もつ体系の一部だけを取り出し、無関係なものを吸収して雪だるまのように膨れ上がったモダンな占星術をやっているからだ。 言い換えるなら、簡略化した体系ではチャートを完全に読めないので、やむなく他の分野と融合させているだけなのだ。 モダンな占星術とはピンぼけ写真のようなもので、いくら目を凝らしてみたところで鮮明な画像は浮かんでこないのである。

占星術を再び普及させたアラン・レオの功績は大きいと思う。 アラン・レオの初版本が驚くくらいの高値で取り引きされているのは、それだけ絶大な人気と影響力をもっていたことを端的に物語っている。 しかし、これだけ占星術が広まった今となっては、モダンな占星術はもはや用済みではないだろうか。 簡略化の果てに行き着いた太陽占星術(いわゆる星占い)にもしばらく前から翳りが見え始め、本格的な占星術に対する需要が高まりつつあるなかで、もしそこにモダンな占星術が居座り続けるとしたら、西洋占星術の興隆はさらに何十年か先のことになってしまうだろう。

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母親を表すハウスは?

マニリウス(紀元前後)、プトレマイオス(2世紀)あたりからはじめて、19世紀までに書かれた西洋占星術の本を読んでみると、例外なく母親は第10ハウス、父親は第4ハウスによって象徴されるとある。 逆に、今世紀になってから書かれた本で、母親を第10ハウスとするものは少ない。 なぜだろうか?

以前にも述べたが、モダンな占星術は簡略化のためにサインとハウスを同一視するようなやり方になっている。 たとえば、ふたごおひつじから数えて3番目のサインだから、第3ハウスのルーラーは水星である、あるいは第3ハウスに水星があると幸運だという具合だ。 そのやり方でいくと、4番目のサインのかにのルーラーは月だから母親は第4ハウスが象徴するということになるわけだが、もちろん、これは大間違いである。 ハウスのルーラーは、あくまでもそのカスブに表れたサインのルーラーであり、また第3ハウスと親和性が高いのは水星ではなく月である。

私も今でこそ伝統的な技法にどっぷりと浸かっているが、占星術の勉強を始めた頃はやはりモダンなやり方をしていた。 しかし、実際にいろいろなチャートを見ていくうちに、母親をMCと考えないことにはつじつまの合わないチャートがいくつも出てきた。 また、今世紀に書かれた本でもホラリーに関したものでは、第10ハウスを母親とするものが圧倒的に多いこともあって、いろいろと調べだしたのが伝統的な占星術にたどり着くきっかけとなったのだ。

たしかに、サインとハウスには共通する部分があるのは事実だが、だからといって全く同じ解釈ができるわけではない。 もし、あなたがそれと異なる認識をもっているなら、今すぐ改めたほうがいい。

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なぜ日本はてんびんなのか?

エスター・グールド(Esther Gould, QHP)はマンデンが好きなので、オリビアさんのコースのうちのマンデンのセッションでチューターをしている。 彼女は過去100年間のイギリスの選挙のチャートを調べ、火星が上昇しているときは現行政権の勝利に終わることを発見した。(勝負事において火星はやはり重要である)

エスターと手紙のやりとりをして、マンデンについていろいろな議論をしたなかに、なぜ日本はてんびんなのか、というのがあった。 エスターに言わせると、外国人の目にはあくまでも日本はてんびんもしくは風のサインに映るらしいのだが、私は以前からそれには疑問をもっていた。

以下はエスターに送った私の手紙からの抜粋である。 この程度の英語でじゅうぶん通じるのだという参考にもなるだろう。

I have been thinking the reason so many astrologers regard Japan as Libra. The Japanese language is highly elegant or polished, maybe because of population density. More than one hundred and thirty million people live on these tiny islands, as large as California, if we are not elegant in words and manner and we assert ourselves, quarrels and fights would be constant. So the Japanese are considerate of others' thoughts and feeling, and never assert ourselves strongly.

Besides, the Japanese had been agricultural people traditionally, everyone does the same thing at a time, or they miss the timing of planting and harvest. In the feudal times, 80% of people were farmers, and they paid their tax with rice. The lords levied on each village, not on each farmer. It was a good idea because, if one couldn't pay his tax, the blame was rested upon all the village, consequently they worked together very hard, even if the tax rate was high. As a result, some severe rules were laid down among them, if one disturbed the harmony of the village, he was punished strictly. So the Japanese have become to hate to do a thing in a different way from others, and they have grown to be ordinary, not outstanding, for doing a thing in his own way meant he disturbed the harmony and was punished.

Nowadays this negative attitude gradually turned into the interdependence to the members of the group, that is, being a member and under the rule bestows peaceful life. By these reasons people in/from foreign countries may see Japan as Libra, but I regard her as Pisces because of people's sensitiveness to the feeling of others, and the negative and withdrawn attitude. It might be my preconception because I have Mars on MC, I am strongly individualistic, I don't want to act like others, and I am choking with living in Japan.

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Olivia Barclay, Q.H.P.

私の師匠である。オリビアさんが書いたHorary Astrology Rediscoveredを読んで感動し、それで彼女がやっている講座を受講しようと思ったわけだ。 この講座は AFAN、ISAR、PAI などの団体から認められ、この講座を終了したときに授与されるクォリフィケーション(Qualified Horary Practitioner)があるとAPA(Association of Professional Astrologers)などにも即座に入会が認められる。

Regulusから再版されたChristian Astrologyは、オリビアさんが見つけた初版をフォトコピーして製版したものが使われている。

オリビアさんについて、私がどうこう言うのは僭越だが、ひとことで表現するなら寛大な人である。 金銭も名声も求めず、ひたすら占星術の真実を追究する姿勢には頭が下がるばかりだ。 (概して月と天王星のアスペクトをもつ人にはその傾向がある。)

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Christian Astrology

ウィリアム・リリーが著したChristian Astrologyは800ページを超える大作だ。 随所に古典からの引用があり、それらに対して、リリーの実践によって裏打ちされた評価や意見が述べられている。 その語り口は飾り気がなく率直で、自己を誇示することなく、だからといって卑下することもなく、淡々とありのままの事実を述べている。 当時の書物はラテン語で書かれていたのだが、リリーはあえて英語で書き、世界初の英語で書かれた占星術の本となった。 巻末には300冊以上の参考文献がリストされ、リリーはそれをすべて読んだという。 当然、その300冊以上の本はラテン語で書かれているわけだ。

常々思うのだが、平均的な日本人は6年間にわたって英語の教育を受けているはずなのに、なぜ英語で書かれた本にアレルギー反応を起こすのだろうか。 たしかに語学の才能は人それぞれだとは思うが、あまりにも拒絶反応が強すぎないか。 勉強したくない言い訳を英語のせいにしてはいないか。 あるいは、誰かにきけば教えてもらえると横着を決め込んでいないか。 洋書を読まない人は一度自分の胸に手をあてて考えていただきたい。

さて、長年モダンなスタイルの占星術をやってきたが、時々、それだけではうまく説明できないようなチャートに出くわすことがあった。 最初は私自身の勉強不足なのだと思って、かなりの数の本を買い込んで読んだが、結果としてたいした効果は得られなかった。 今考えると、それはもちろん無駄ではなかったのだが、実占をやっていて、学んだ知識と現実に目の前にあるチャートの間には何かしらの違和感が必ず存在したのだ。 ついにはヒンドゥにまで手をだしたが、それも解決にはならなかった。 占星術というのはその程度のものなのかと私は失望し、しばらく占星術から遠ざかっていた。

ところが今から3年ほど前、Christian Astrologyを手に入れて読んだところ、その異常なまでに精度の高いチャートの解釈に愕然とした。 そして、読み進んでいくと、モダンな(今世紀の)占星術というものは、本来ある占星術を簡略化した体系に若干のヒンドゥ占星術が盛り込まれたものなのだということがわかった。 これはギリシャ・ローマ時代のマニリウス、プトレマイオス、バレンといった占星術師から、時代を追って読んでいくと、19世紀末から今世紀にかけて大きな変動があったことがわかる。 まず、占星術を簡略化し、そこへヒンドゥを持ち込んだのがアラン・レオ。 さらに、それを基にして人間の内面を考察するスタイルを作り上げたのが、マーク・エドマンド・ジョーンズとデイン・ルディアの両名である。

どんな本を読むか、占星術をどのように使うかは各人の自由だが、鑑定のプロになりたいと思うなら、ぜひ古典的な占星術を勉強していただきたいと願うしだいである。

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