日本航空446便(2)

國分秀星 Q.H.P.


『日本航空446便』の続きです。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

ニューデリーとモスクワでの墜落事故と同じ年、日本航空は5月に羽田、9月にソウルとボンベイ、11月にアンカレッジでも事故を起こしている。 これらの事故は乗務員の不注意が原因であったため、日航はマスコミから激しく非難され、国会でも日航の労務管理について審議されたのに、当時の社長朝田静夫氏は辞任せず、この後1977年のクアラルンプールでの墜落事故などを含めて、多数の死傷者を出しながらも10年近く社長を務めた。

これに対して、『日本航空123便(3)』で取り上げた高木養根氏は123便墜落事故の責任をとって、わずか4年で辞職している。 朝田氏が元運輸事務次官、高木氏が日航生え抜きであることを考えても、その違いは大きい。 朝田氏と高木氏の出生図を比較してみよう。

高木養根氏
高木養根氏

高木氏は出生時のMC上にアルゴルがあり、第10ハウス中の土星はアルシオーネに近く、出生時おうし28度46分にあったアルシオーネは123便の事故当時29度47分まで来ていた。 さらに123便墜落の3ヶ月ほど前には、この土星の上で日蝕が起きている。 (『日本航空123便(3)』参照) 高木氏が辞任した最大の原因はこの日蝕にある。

朝田静夫氏は1911年10月13日大阪府大阪市の生まれである。 運輸事務次官・日航社長就任、死亡日時などから出生時刻を推定したところ、人物評から想像していたものとは異なるチャートになって意外に思ったが、複数の技法で検証したので、まず間違いないだろう。
朝田静夫氏
朝田静夫氏

アセンダントがしし、第10ハウスと第4ハウスでの土星・木星のオポジション、それぞれがアセンダントに対してスクエアというところが奇しくも高木氏と同じである。 これは他に先んじるという表示で、大企業のトップに立つこと、つまり個人の出世という点では良いのだが、裏返して見ると、すぐに結果を出そうとして準備・計画が不十分なうちに物事を始めてしまうという短所となる。 また、経営の観点からは組織作りに問題が起きやすい。

こういう表示をもつ社長が二代続いたことは日航にとって不運だったが、朝田氏個人は太陽・月がトライン、木星・土星に加えて太陽、月、水星、火星がアセンダントに対してアスペクトをもち、幸運かつ強運の持ち主である。 (朝田氏は「ワンマン」と評されたが、その表示が5つもある…)

なおかつ、木星・土星のオポジションはマイナーベネフィックとはいえ金星(第10ハウスルーラー)によって調停され、MC上にシェラタン(β Ari)があるものの、土星はアルシオーネからだいぶ離れているし、1971〜81年の在任中に地位をおびやかすような蝕は起きなかった。 そこが高木氏との違いである。

日航はこの後、朝田氏の在任中にクアラルンプールでも墜落事故を起こし、多くの乗客が犠牲になった。 項を改めて、その事故について考察する。

2008年9月

【参照した書籍・雑誌】
藤原弘達 『自由闊達』 藤原弘達著作刊行会 1986
『事務と経営』 日本経営出版社 1980年1月号
『税務弘報』 中央経済社 1980年12月号
『実業界』 実業界 1981年6月号

関連アーティクル

  • 『日本航空446便』
  • 『日本航空471便』
  • 『日本航空123便』
  • 『日本航空123便(2)』
  • 『日本航空123便(3)』
  • 『全日空60便・533便』
  • 『全日空60便・533便(2)』
  • 『全日空60便・533便(3)』
  • 『全日空60便・533便(4)』
  • 『全日空60便・533便(5)』

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