日本航空123便(2)

國分秀星 Q.H.P.


『日本航空123便』の続きです。 著作権はフォル事務所にありますので、転載・引用の際はご一報ください。

ここで日航と全日空双方の設立時のチャートをマンデンマップと比較できれば良いのだが、占星術的な設立のタイミングは設立に関わった人たちから聞きださない限りわからない。 しかも両社とも設立から50年以上経過していて、部外者がそれを調べるのは難しい。 代替として両社が最初に航空業務を開始した瞬間をそれ以後のフライトを象徴するものとして検討してみる。

日航の最初のフライトは1951年10月25日の東京発大阪経由福岡行の便である。 (ちなみにこのとき使われた機材は「もく星号」で、翌年4月に大島三原山に墜落している。) 当時の新聞を見ると、午前7時43分に離陸したとあるだけで出発時刻はわからない。 タラップが外されてタキシングを始めてから離陸まで、当時は今ほど時間はかからなかっただろうから、それをそのまま使い、航空機事故が表示されていたルナマップと重ねてみる。
内側:日航業務開始、外側:満月(8/1)
内側:日航業務開始、外側:満月(8/1)

まず、業務開始時のアセンダントにルナマップの土星が乗っているのが目につく。 機体を表すアセンダント(さそり21)上には破壊的な力を持つウヌカルハイ(α Ser)があり、月がしし22度にあるため、フィクストサインの21,22度は日航にとって敏感な度数となり、そこで蝕などの天変が起きたときのフライトには注意しなければならない。 たとえば、もく星号墜落事故の2ヶ月ほど前にはしし−みずがめ21度で、1957年9月の雲仙号不時着事故の4ヶ月前にはおうし−さそり22度でそれぞれ月蝕が起きている。

123便の場合は事故に先立つ7月26日に土星がさそり21度28分で留になった。 土星は当然動きが遅くなっており、トランジットに1度のオーブをとるなら事故の2ヶ月前から土星はアセンダントを刺激し続けていたことになる。

また、ルナマップの太陽・月が業務開始時の水星に対してスクエアなので三者がTスクエアを形成し、アセンダントが業務開始時のMCと重なっている。 このルナマップは事故が起きるのは日航機であると明確に指し示している。

念のため全日空についても見ておく。 全日空は複数の航空会社を吸収・合併して現在に至るのだが、その母体となったのは日本ヘリコプター輸送である。 全日空の2レターコードがNHなのはその社名に由来する。 発足時は役員12名、従業員16名という小さな会社で、設立からしばらくは旅客・貨物輸送の免許がおりなかったため、最初の業務は1953年2月20日、日華ゴム(現・ムーンスター)の宣伝飛行であった。 今の全日空からは想像できない地味なスタートで世間の関心を集めることもなく、新聞の記事にはなっていない。 全日空の社史、その時の飛行パイロットであった神田好武氏の著書、日本航空協会の資料などを調べて場所はわかったものの時刻まではわからなかった。

やむを得ず、その後起きた全日空機の事故に関連したマンデンマップを元にアングルを調整して午前6時55分と推定した。
内側:全日空業務開始、外側:満月(8/1)
内側:全日空業務開始、外側:満月(8/1)

月に対して満月の土星がオポジション、水星に対して天王星がスクエア、太陽がルナマップのディセンダントに乗っているものの、満月そのものとの関わりはない。 またラディックス中で水星(うお14)は木星(おうし14)とセクスタイル、月は木星とコンジャンクションなので、水星と月がトランジット等でマレフィックからアフリクトされても影響が緩和される。 しかも水星の位置には木星の性質を持つアケルナル(α Eri、うお14度38分) がある。 占星術師が日付を選んだわけではないだろうが、交通・運輸においては水星と月は重要だから木星がその2つを支えているのはうまい配置である。 ルナマップ中の2惑星(しかもひとつはトランスサタニアン)からのオポジションとスクエア程度の刺激で全日空機に事故が起きるとは思えない。

全日空の場合、むしろ水星と月を支える木星の方が敏感である。 木星は機体を表すアセンダントのルーラーで、交通機関の事故と関係のあるメンカル(α Cet、おうし13度39分)の近くにあるため、木星がルナマップ中のマレフィックや蝕によってアフリクトされたときに事故が起きやすい。 たとえば1957年11月と1985年5月におうし−さそり14度で皆既月食が起き、前者は1958年8月の下田沖墜落事故につながり、後者は死傷者はでなかったものの、蝕から1ヶ月も経たないうちに那覇空港で自衛隊機と接触し、機体を損傷している。

この全日空機と自衛隊機との接触事故につながった皆既月蝕が起きたのは日航123便の事故の約3ヶ月前なので、123便にも影響した可能性がある。 また、この皆既月蝕の少し後に日蝕も起きている。 さらに当時の日航と全日空の社長であった高木養根氏と中村大造氏のネイタルチャートがそれらとどのように関連するのかも気になるところである。

つづく

2007年9月

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